米国財団法人野口医学研究所

「JABSOM訪問記」

学生藤田陽子

2014年8月ハワイ大学

今回私はハワイ大学医学部JABSOMのサマーワークショップに参加しました。5日間でPBL2回、身体診察の講義、模擬患者さんへのOSCE、注射実習、JABSOMの学生との交流など盛りだくさんのプログラムでした。私はこれまで既に3回ハワイを訪れておりますが、ハワイは行くたびに違う顔を見せてくれます。美しい空と海、心地よい風、もてなしの心、人々の笑顔と、ハワイの魅力を挙げればきりがありませんが、今回の訪問はそれまでのハワイとは全く違った一面を見せてくれました。今回私が経験したいくつかのエピソードを紹介します。

 

Dr.Damon Sakaimorning story

JABSOMでの朝は、Dr.Damon Sakaiのmorning storyから始まります。いわゆるアイスブレイクにあたる時間ですが、先生は学生から本日の話のテーマについてリクエストを募り、ラブストーリーから命の危険を感じた話まで、どんなテーマについても応えてくださいます。先生は日本人にも聞き取れるゆっくりした口調で、しかし絶妙な間とリズムで話されるので、誰もがすぐに話に引き込まれ、まるで先生の話の舞台に自分も立っているかのような気持ちになりました。そのユーモアたっぷりの話の中には必ず教訓が盛り込まれており、ハワイの美しい朝の空気とともに永遠にわたしたちの記憶に残るような、そんな時間でした。その後、Sakai先生からは「身体診察」や「患者への接し方」に関する授業もありましたが、重要な点は押さえつつもジョークが満載の講義で、みんなワクワクしながら講義を聴いていました。私はここまで聞き手を夢中にさせる医学部の先生にお会いしたのは初めてです。おそらくこの話の技術をもって患者さんも虜にしているに違いありません。しかし、その裏には適切なマナーや信頼、それを支える技術や知識が必要であることも、Sakai先生は私たちの心にきちんと届けてくださいました。

 

PBL

私は今回のPBLを非常に楽しみにしていました。なぜなら、ハワイ大学医学部のPBLは質が高く、ドクターがチューターとなるにあたって特別な訓練を受けていると聞き、それがどのようなものなのかを実感出来ると考えていたからです。私の所属する学校でもPBLは行われておりドクターがチューターを勤めますが、チューターとしての訓練までは実施されておらず、その違いを一番の土産話にしようと考えていました。

しかし蓋を開けてみると、なんとJABSOMの学生がチューターとなってPBLが始まりました。スケジュールに記載されている”PBL with JABSOM students”というのは、ハワイ大学の学生も交えてのPBLではなく、学生がチューターをするPBLだったのです。正直なところ、これには残念に思いました。しかし、その残念な気持ちはすぐに打ち消されました。なぜなら担当してくれた学生のMichealは医学部2年生であるものの、その日のテーマである循環器疾患に関して深い知識を持っており、私たちのつたない英語でのPBLもうまく誘導していってくれたからです。聞くと彼は医学部にはいる前に循環器検査の技術を学び、現在もハワイ大学付属病院で検査技師をして働きながら学んでいるとのことで、なるほどと思いました。しかし知識だけでなく、PBLというものを理解し、うまくまとめて行く力にも感服しました。JABSOMの学生は、2年生の夏休みに、7月に入ってきたばかりの1年生のPBLのチューターをするシステムになっているそうです。よってPBLでは自分たちで学ぶだけではなく、人に教えたり質問をうけたりすることで、より深く学ぶきっかけが与えられるということでした。ここでの学習効果は、講義形式での学習のみでは得られないものだと思いました。

またPBLの流れも私の学校とは異なっていました。私の学校では、PBLが始まる1週間前に患者の簡単な情報(年齢、性別、主訴など)が配布され、それに関して情報を集めてノート作りをします。そのノートを持ち寄ってPBLの場で発表しあうというものです。よってあまり活発なディスカッションにはなりません。しかしハワイ大学のPBLでは、ノートではなく、お菓子やお茶などを持ち寄ってPBLを行います。そしてその場のディスカッションで、Facts(重要なポイント), Hypothesis(仮説), Need to know(必要な身体所見や検査項目など), Learning Issue(学習事項)の4つに分けてまとめて行きます。このうち最後の Learning Issueでは、例えば「β刺激薬の作用機序」や「心筋梗塞患者で認められる心電図所見」など、疾患に関するあらゆる視点から医学生が知っておくべき点や知識があやふやな点などを医学生自身で列挙し、その全項目を2日後に行われる次回PBLまでに調べてまとめ、発表するのです。Michaelの話によると、一回のPBLでLearning Issue は10〜20個程度あげられ、全ての項目に関して10時間以上かけて学ぶそうです。発表はパワーポイントにまとめたり、クイズ形式にしたりと、それぞれ工夫するようで、人にものを伝える力も身につけることができます。また自分の知識や理解が不十分では人に伝えられないので、人に正確に伝えられるくらいしっかりと学ぶ訓練にもなります。またハワイ大学ではPBLと平行して、PBLと同テーマで系統講義もあるそうです。このように、PBLで自ら疑問に思ったことに関してactive-learnerとして学び、それを人に伝えることでより知識を定着させ、また系統講義で生理学的機序などについて深く学ぶという学習形式は、非常に効率のよいものだと思いました。

さて、今回のワークショップでは私たち参加者も Learning Issueを挙げ、一人一項目を選び、それに関して約1時間で調べてまとめ、一人5分間のプレゼンテーションを課されました。短時間で、英語で調べて英語でプレゼンテーションをするという経験は今までなかったので、非常に刺激的で、とてもいい経験になりました。

 

レクチャー

Dr.Jill Omoriによる呼吸器の身体診察では、授業はゆっくり話してくれ非常にわかりやすかったです。講義後は学生同士ペアになって、日本の医学生にはあまり馴染みのない声音震盪なども含めた身体診察の練習を行いました。また、先生は注射の実習も担当してくださいました。学生同士がペアになって皮下注射、皮内注射、筋肉注射を行いました。学年が上の人は下の人に教えながら、また先生やJABSOMの学生もサポートしてくれ、事故なく楽しく実習することが出来ました。Dr.Machiによるレクチャーでは、アメリカでの医学教育について教えていただきました。アメリカでは、各学校、各学年、各病院ごとに到達目標が明確に示されており、医学生や医師はそのゴールに向かって努力するのだということを教わりました。講義の最後に先生が示してくださった、”If you don’t know where you are going, you are unlikely to get there.”という言葉を深く胸に刻みました。Dr. Sheri Fongによる講義では禁煙外来の実習を行いました。患者に健康状態の評価をして、喫煙によるリスクを説明し、禁煙を促し、禁煙の治療やサポートシステムまで紹介するという一連の説明を、ワークショップの参加学生同士またはJABSOMの学生を模擬患者として行いました。この実習は、単に英語の勉強以上のものを学びました。つまり、この会話は模擬とはいえ、相手を納得させるのに十分な情報を理論立てて説明し、かつ良い医師ー患者関係を形成する最初のステップであることも意識して、安心感を与えたり、自分を信頼してもらうためにはどんな言葉で表現すべきなのか、といった点まで考えさせる良い実習でした。その意味で、非常に貴重な経験となりました。

 

 

模擬患者への問診と身体診察

今回のワークショップの中で一番の経験となったのは、模擬患者さんへのOSCEです。始まる直前は非常に緊張しましたが、事前にDr.Sakaiがアメリカでの診断の手順を、ダンスを交えて楽しく教えてくださったので、その記憶をお守りにしてスタートしました。アメリカでは日本と違って個室に患者さんが待っていて、そこに医師がやってくる仕組みです。ドアを開けて入ったら患者さんにまず挨拶して問診して、それからきちんと手洗いしたうえで身体診察をする、その後まとめをして部屋から出る、というアメリカ流の診察を、英語で、一人でこなします。しかもその様子はビデオに録画されているので、模擬診察終了後に先生から評価を受ける仕組みです。

私は医学部6年生で、昨年度は1年間の病院実習を経験していたため、患者さんの診察には多少ゆとりをもって臨むことができましたが、それでも英語での診察は初めてでしたので緊張しました。しかし始まってみると意外と冷静になり、このワークショップに向けて勉強してきた英語での問診や身体診察の知識をアウトプットすることができました。ただ後で思い返してみると、私が落ち着いて診察出来た理由は、模擬患者さんがベテランで外国人学生への対応も学ばれているというのが大きかったのかも知れません。

さて、この診察の様子は全てビデオ録画されています。今回は、ボランティアで手を挙げた二人の学生の診察ビデオを全員で供覧して、Dr.Muraiとともに評価しました。残念ながら私はそのボランティアになれませんでしたが、他の学生の診察内容を観ながら、自分よりも優れている点、逆に自分がよく出来ていた点を確認することができ、非常に勉強になりました。

 

JABSOMの医学生との交流

このワークショップに協力してくれたJABSOMの医学生は、ほとんどが前年度に日本の各大学へ交換留学した学生でした。よって、かつての留学先でお世話になったお返しにと、私たちにもとても親切に、本当に良く面倒をみてくれました。昼休みや授業後には、学校の近くの美味しいシェービングアイスのお店や、美しい夕陽がみえるビーチに連れて行ってくれたり、ウクレレによる生演奏付きのフラダンスレッスンをしてくれたり、最終日の夜にはフェアウエルディナーまで企画してくださいました。また最終日には朝早くからハワイの地元料理を食べにホテルまで車で迎えにきてくれたりと、こちらが恐縮しするくらい時間を裂いて接してくれました。しかも皆フランクで、笑顔が素晴らしく、そのホスピタリティーに感動しました。

 

まとめ

今回のハワイ訪問で発見した新しい一面、それは教育にかける情熱です。私たちのワークショップはたった4日間と短いものでした(最終日にはハリケーンが来たため5日間の予定が1日短くなり4日間となりました)が、先生方、医学生の皆さん、そしてワークショップを担当してくださったコリジョーさん、その全員が私たちをサポートし、少しでも多くのものを得て日本に持ち帰ることができるように全力を注いでくださっているのが、よく伝わってきました。しかしそこはハワイです。休み時間には、きれいなカフェテリアでおしゃべりしながらゆったりした時間を楽しみ、放課後にはビーチに行って泳ぎ、夜には賑やかなワイキキでショッピングしたり人気レストランでとびきり美味しい食事を楽しみました。

 

最後に

今後参加を希望する方へ伝えたいことが2点あります。1点目は、このワークショップへの参加タイミングです。学習内容からいって日本の医学部4〜5年生で参加するのが最適だと感じました。ただし6年生だからこそ楽しめる一面もあります。医学的な知識では目新しいことはないものの、知識があるからこそ逆に、ハワイ大学での教育でどのように医学生が学んでいるのかを確認することができました。よって医学教育に関して興味がある方には自信をもって参加をお勧めしたいプログラムでした。2点目としては、事前準備をして積極的に参加し、満足して帰ってきて欲しい点です。今回のワークショップの中で私が唯一感じたネガティブな点は、参加者が行った内容に関してフィードバックが少なかった点です。模擬患者さんへの診察に関しては、既述の通りボランティア2名への評価が全員の前で受けることができますが、それ以外のプレゼンテーションなどに関してはJABSOMの学生やドクターから評価を受けることが出来ませんでした。もともとフィードバックの時間がスケジュールに組み込まれていないのですが、それはもしかすると、私たちのつたない英語力で表現する医学的な内容に関して、ハワイ大学も参加者側も評価対象として期待していないのかもしれません。しかし、私自信は出来る範囲で英語による医学表現やプレゼンテーションの仕方を学んだ上で参加しましたので、それに対する評価をぜひして欲しいと思いました。よって、個人的にチューターをしてくれた学生に評価を求めたり、事務を通して模擬患者さんへの診察内容に関してドクターからの評価をもらえるよう交渉しました。ワークショップの授業の中でもドクターから、「何も言わないと満足していると理解されるのがアメリカです。」と言われました。今後参加される方もこの点を頭の片隅に置いて、もし評価など自分が期待していたのに得られないことがあったら常識の範囲内で積極的に交渉し、手に入れるようにしてください。

 

ハワイ大学のDr. Junji Machi, Dr. Damon Sakai Dr. Jill Omori, Dr. Sheri Fong, and Dr. Dan Murai、医学部の皆さん、コリジョーさん、そしてこのような貴重な経験をさせてくださった野口医学研究所の皆様に心より感謝いたします。ありがとうございました。