米国財団法人野口医学研究所

Thomas Jefferson University 研修レポート

聖隷三方原病院初期研修医牛田宏樹

2025年11月3日〜11月21日米国トーマス・ジェファーソン大学

野口医学研究所による牛田先生の研修レポート

この度、米国フィラデルフィアにあるThomas Jefferson Universityの脳神経外科・精神科・救急科において計3週間の研修をさせて頂きました。
私は研修時点で初期研修医2年目であり、翌年から脳神経外科に進む予定となっております。脳神経外科の中でも特に機能分野、また近年発展しつつある精神疾患に対する外科治療にも関心を持っています。現在はVNSに関する臨床研究に携わらせていただいています。
実は研修の中で「外科に進む人は精神科に対してdismissiveなことが多いから、あなたは珍しい」という趣旨のことを色々な人に言われました。確かにそのような傾向は日本でもありそうですし、人によっては今回の研修プログラムはやや奇妙に感じられるかもしれません。ただ私としてはあまり科ごとの垣根は意識しておらず、「とにかくよく分からないもの、新しいものの方が面白そう」というシンプルな動機に基づいて将来の進路を模索しているところです。
機能外科全般において、米国は日本に比べて認可されている治療の幅が広く、そうした背景からも将来的に米国の脳神経外科で経験を積みたいと思っています。今回のエクスターンシップにおいては、まず楽しむことは前提として、以下の3点を目標としました。

1. 一つの科に絞らず広く体験することで、米国の医療のあり方について社会の状況も踏まえて見識を深めること
2. 長期的なスパンで連絡を取り、折々に学びを与えてくださるような米国の先生との繋がりを作ること
3. 自分の英語力がどこまで通用するのか確かめる(あるいは通用しないと思い知る)こと

TJU・野口医学研究所の方々に希望通りの研修プログラムを計画していただき、結果的に非常に多くの学びを得ることができました。以下、見学した施設ごとに報告させていただきます。

【脳神経外科】
第一週の火~金曜と、第三週の空き時間の計5日間お世話になりました。
Jefferson Hospital for Neuroscience(JHN)は本院から2ブロックほど離れたところにあり、主に神経疾患を対象に治療をおこなう別棟です。脳外科のオペ室、アンギオ室、ガンマナイフなどの放射線療法をおこなう設備は全てこの建物に集約されています。脳外科のオペは毎日5件前後あり、一件目は6:30-7:30頃に始まります。
5:00前後にレジデントの控室に行くと、すでにNight floatからの申し送りが始まっているため参加します。レジデントは4:30-5:30あたりにパラパラと出勤してくる印象でした。5:30頃から各自ICU回診を始めるので、近場にいるレジデントに声をかけてshadowさせて頂きました。水曜から金曜日は朝7:00頃に勉強会やカンファレンスがあり、神経内科との合同カンファレンスや科内のケースカンファレンス、時にはカフェでコーヒーを飲みながらのレクチャーが開かれることもありました。それが終わり次第オペに入り、全て終わるのが15:30-19:00くらいでした。
オペは腫瘍と脊椎の症例が多く、機能外科の症例は週に1-2例くらい、とのことでした。私は機能外科のオペがある日はそれを見にいき、ない日は一緒にローテしている医学生と相談して、その日の目玉っぽい症例を一緒に見にいっていました。短い研修期間でしたが、RNS植え込み、SCS植え込み、GBM摘出術、MVDACDF、血管内治療と幅広い症例を見ることができました。
オペは基本的にチーフレジデント+フェローで執刀開始し、アテンディングは術野外からアドバイスを出したり、重要な部分は自ら執刀したりしている様子でした。低学年のレジデントも2年目あたりから徐々に手術に入り始め、チーフレジデントのアドバイスを受けながら縫合などをしていました。アテンディングはフェローを、フェローはチーフレジデントを、チーフレジデントはジュニアレジデントを指導するというように、屋根瓦式の教育が当たり前になっている雰囲気がとても良いと思いました。
ローテ初日の火曜日に、日本ではまだ未承認のRNS植え込み術が見られたのは大きな収穫でした。術前のプランニングまで見られればなおのこと良かったのですが、これはNeurologyとの合同カンファで相談するのだそうで、毎週月曜開催だったため参加できませんでした。基本的にNeurosurgeryが関わるのは外科症例のみで、てんかんの診断や投薬はもちろんのこと、RNS植え込み後の効果判定までNeurologyがやるそうなので、やはりアメリカは日本よりも明確に分業化されていると感じました。このオペは機能外科アテンディングのDr. WuとフェローのDr. Ziechmannが執刀でしたが、最後の縫合はPA(Physician Assistant)がやっていました。
PAは患者の診察や術中の縫合ができますし、NPも処方箋を書くなど日本のNP以上の権限を持っており、職種ごとの分業はやはり日本より進んでいました。個人的な印象ですが、このように業務が医者以外の職種にも分散していることは、各個人の負担の削減という単純なメリット以上に、オペ中の雰囲気の向上に繋がっているように感じました。各人の症例に対するcommitmentが大きいためか、執刀医も麻酔科医もナースもPAも対等にコミュニケーションを取り合い、和やかな雰囲気で仕事をしていました。あるオペでは、見学している私に対してNPの方が「この術式に関して分からないことがあったら教えてあげるから言って」と執刀医よりも先に声をかけてくださり、リアルタイムで「今は何をやっている」「次はこれをする」と説明してくれました。これはなかなか日本では考えにくいことではないでしょうか。
オペ外の時間は基本的にレジデントと一緒に動いていたのですが、とにかく勉強会やカンファレンスが多く、レジデントの教育にしっかりと時間が割かれている点が印象的でした。また講義は担当するフェローからの一方通行ではなく、レジデントから積極的に質問が飛び交うことで熱の入ったものになっていました。私も地蔵では意味がないのでなるべく質問をして参加することは心がけましたが、レジデントの皆さんはやはり(特に解剖の)知識がしっかりと身についており、自分の未熟さを痛感しました。また講義をするフェローの先生にしても、一人の例外もなくみなさんプレゼンがとても上手く、またレジデントに質問をする際は、レジデントの学年に応じて難易度を的確に変えている印象でした。教育の質の高さには目を見張るものがあると感じました。
一週目の金曜日には、Brigham and Women’s HospitalDr. Aziz-Sultanを招致したGrand Roundsがありました。全体を通して非常に示唆に富んだ講演でしたが、特に印象に残っているのは「低侵襲というのは皮膚切開の大きさで決まるのではなく、術後のリスクの小ささで決まるものだ」という趣旨のお言葉で、血管内治療全盛の時代にあっても、症例に応じてクリッピング術という選択肢は常に持っておかなければならないということを強調していました。またレジデントに対して、過去にご自身がカテーテル治療をしたもののむしろ増悪してしまった症例を赤裸々に公開し、その上で「どのような対応をすれば、訴えられることなく患者さんの理解を得ることができるか」という話をしていたのは、とてもお国柄が出ていると感じました。
私も自分なりにやってきたことはどこかでアウトプットしたいと思っていたので、現在働いている病院のてんかんカンファレンスで発表させていただいた内側側頭葉てんかんの症例のプレゼンを事前に英訳し、パソコンに忍ばせていました。一週目のローテの間にプレゼンできる機会をうかがっていたのですが、そもそも脳外科の医者が集まる機会というのが勉強会しかなく、その他の時間は皆個別に忙しくしていたため叶いませんでした。ですが三週目の精神科ローテ中に空き時間があったため、そこで機能外科のDr. Wuと面会しプレゼンをする機会を作っていただきました。Dr. Wuは類似する自験例を紹介しながら症例に対して貴重なご意見をくださり、また付随して、私が機能外科の中でも特に関心を持っている精神外科の現状や、アメリカの脳外科フェローシップの変更点に関することなど、将来につながる具体的なアドバイスもしていただき、とても参考になりました。
脳外科の先生は皆ジェントルで気さくで、業務中も業務外にお話しするのもとても楽しかったです。しかし同時に、(決して彼らはshow offしないけれど)アメリカの脳外科レジデントのレベルの高さを随所に感じ、そのような人たちに加わってアメリカで仕事をするハードルは非常に高いということを、改めて噛み締めずにはいられませんでした。レジデンシーマッチングの競争率がトップクラスに高い科なのは周知の事実ですが、それを突破した精鋭の中でも、専門医試験の諮問に一度で合格するのは75%程度に留まるのだそうです。

NARP
二・三週目は精神科ローテでしたが、計5日間はNARP(Narcotic Addiction Rehabilitation Program)クリニックでDr. JangroDr. ShalvoyPAMs. Molaroにお世話になりました。
ペンシルベニアは、全米で最も薬物中毒が深刻な州の一つです。NARPは、オピオイド、フェンタニル、ヘロインといった薬物中毒に対してmethadone療法を行うクリニックで、Jefferson本院があるCenter Cityからバスで15分ほど南下したところにあります。周囲は閑静な住宅街ですが、朝8:30にクリニックに行くと、既に患者さんが5-6人ずらりと前に並んでおり、そこだけ異様な雰囲気を放っていました。
NARPは国で指定された薬物中毒者のリハビリプログラムです。実際のプログラム運営は州ごとに行われており、患者の受診費用は全額州が負担しています。州によって、一回の受診で何日分のmethadoneを処方できるかなどの細かいルールは異なるのだそうです。
9:00から受診予約が入っており、だいたい一日8-10人の再診と、1-2人の初診がいました。再診については、現在のmethadone dosewithdrawaldrug cravingが出ていないか、ドラッグを再開していないか、ベンゾなど干渉しうる他の薬剤を使っていないかを問診し、適宜処方を変えたり、月一回は尿の薬物検査をしたりしていました。新規患者に対してはまさに精神科問診で、生い立ちや家族歴・既往歴まで総ざらいしていました。ドラッグやタバコをやめようとしている患者を適切にmotivateできる発言を選ぶ問題はUSMLEでもよく見ますが、Dr.も医学生も流れるように使いこなしており、やはり教育の中にしっかり組み込まれているのだなと感じました。
MethadoneではQTc延長が副作用として出うるので心電図を取ることが大切なのですが、肌に当てるだけで心電図が取れるKardiaMobile 6Lが使われていました。また、第二週目にDr. Shalvoyが風邪でお休みされていたのですが、Zoomを介したtelehealthをカジュアルに使って医学生からのコンサルトを受け、患者の診察も行っていたのが印象的でした。
我々エクスターンはEpic(電子カルテ)のアクセスはできませんが、NARPではmyEvolvというNARP専用の記録ソフトを併用しており、こちらにはアクセス権をもらえていたため、私も患者さんの背景をある程度事前に把握することができました。一週目はローテしている医学生や先生の診療に陪席して自分もメモを取り、診察後に実際の内容と齟齬がないか添削してもらうような形で参加しました。二週目はDr. Shalvoyにお願いし、単独で患者を問診・身体診察し、その結果をレジデント相手にプレゼンしてmyEvolvに診療内容サマリを記録する機会を複数回つくっていただきました。
患者さんは皆なにかしらの薬物中毒があって、そのために働けなかったり、ホームレスになっていたりと日本ではあまりお目にかからない方々でした。また薬物中毒となってしまった背景をさらに遡れば、小さい頃に親に虐待されたトラウマがあったり、家庭環境や知的水準の問題があり途中で学校をドロップアウトしてしまったりといった要素が隠れていました。もちろん日本にもそのような方々はいらっしゃいますが、アメリカではstreet drugsが蔓延していたり、薬を処方する医者自身がオピオイドユーザーで不適切な処方を許容していたりと、より人を薬物中毒に引き込みやすい環境があるようでした。また一度薬物所持で逮捕歴がついてしまうと、アメリカではその後仕事を見つけたり家を借りたりすることがとても困難であり、それによってホームレスになり、なおのこと薬物中毒が加速するという悪循環もあるとのことでした。”In this country, it is easy to become homeless.”というレジデントの言葉が心に残っています。
診察の合間には、Dr. JangroNARPでの診療の難しさ、ひいてはアメリカの医療制度が抱える問題についてご教授いただきました。基本的にはみな薬物中毒から抜け出そうと日々努力していますが、NARPの診療は無料で受けられるため、患者さんによってはそのありがたみをあまり理解していないこともあるようです。もらった薬を売り、病院には「盗まれた」と主張して新たに処方してもらおうとする人、実はフェンタニルをまだやっていて尿検査では水道の水を入れて誤魔化そうとする人、自分の思い通りの薬がもらえないと激昂する人などがいて、そうした患者の「裏側」を見通さねばならない苦労があるそうです(実際私の研修中にもいらっしゃいました)。「アメリカではDemocratsUniversal Health Coverageを掲げるし、Communistsは自分の医療費は自分で払うべきだと言うけれど、どちらにも問題があって難しい」とおっしゃっていました。
またDr. Jangroは非常にユーモラスな方で、業務に余裕があるときには色々なお話をさせていただきとても楽しかったです。今度日本にご家族で行くため色々調べているらしく、「ラーメン屋でゆっくり食べていると怒られるって本当?」や「日本語には同じ発音で全然違う意味になる単語があるって本当?」などのニッチな質問には驚きました。
総じてNARPでの体験は、自分にとってまさにカルチャーショックでした。医療を通して、アメリカ社会が抱える闇の一端を垣間見ることができ、かけがえのない体験になりました。

【精神科病棟】
入院病棟を計3日間見せていただきました。現在働いている病院は精神科の大きな病棟があり、措置入院といった精神科救急対応もおこなっているため、日米の精神科病棟の違いについてはとても大きな関心がありました。
7:30にレジデントだけで集合してNight floatからの申し送りがあり、その後8:30頃から他職種合同でのカンファレンスがあります。このカンファレンスでは前日の患者の状態や退院に向けた計画などをすり合わせるのですが、レジデントが基本的に仕切り、後からアテンディングが追加でコメントするという体制になっていました。その後担当患者の診察になるのですが、こちらもまずはレジデントが話を聞き、退院後の社会的調整など込み入った話についてはアテンディングが補足するといった形で、レジデントの裁量権が非常に大きい印象を受けました。場合によっては、患者の後見人との電話連絡をローテ中の医学生が担当していることもありました。
TJUは大学病院であり、周囲のcommunity hospitalで対応困難な患者が送られてくることも多いため入院期間が長くなりがちとのことでしたが、それでも1011日とのことでした。そのため入院患者も10人前後と少なめでした。現在働いている病院では精神科病棟の入院が半年~一年以上ということもままあり、入院患者も30人くらいはいる(これは日本全体でも言える特徴だと思います)ため、驚きました。アメリカでは患者の人権意識がとても強いため、入院中に行われている治療の内容が保険会社によって厳しく監査されており、入院を続けるのであればどんどん新しい治療を行わないと保険で切られてしまうのだそうです。日本では医者の判断で入院を延長させることが比較的容易なので、大きな違いだと感じました。ただ、一般的に精神疾患に対する薬物療法の効果が現れるのには最低2週間くらいはかかるものなので、その経過観察期間を保険会社とすり合わせるのには、医者もなかなか苦労するのだそうです。
日本との違いというところで言うと、患者の権利意識が日本以上に強く、身体拘束が最終手段として位置付けられていました。どんなに暴れている患者さんでも「まずは話を聞いて、次にantipsychoticsを試して、それでも駄目なら、やることはあるよ」とレジデントの方はおっしゃっていました。日本でももちろん身体拘束をなるべく避けるべきという考え方はありますが、その場の緊急性を優先して薬物投与より前に拘束してしまうこともあるため、ここには若干の価値観の違いがありそうでした。
Dr. Margeryは各患者の診察前に30分ほど時間をかけ、診察において注意すべきポイントを丁寧にレジデントと医学生に指導していました。特にinvoluntaryな入院に関しては精神症状があるというだけではダメなので、問診におけるどの要素をもって「自傷他害の危険あり」と判断すべきかという点に関して、とてもシステマチックに解説してくださいました。またお国柄というべきか、精神科病棟に入院する人の中には刑務所の服役経験がある人が多いようで、「服役歴がある人の対応において注意すべきこと」という非常にニッチなテーマのお話もありました。アメリカでは刑務所での囚人の入所時評価が非常に杜撰で、本来は精神科病棟に入るべき人が誤って刑務所に入れられてしまい、状態がかなり悪化したところでようやく精神科に連れてこられることもよくあるのだそうです。

Dr. Hahnのラボ見学】
三週目の水曜日に、ketamine infusion clinical trialをやっているDr. Hahnのお話をうかがう機会をいただきました。現在アメリカではうつ病に対してketamine nasal sprayが承認されていて、ivはまだリサーチの段階とのことでした。うつ病や統合失調症のモデルマウスを作ってその遺伝子変異を研究したりもされており、ketamineに限らず精神疾患全般の基礎研究について、特に統合失調症の病態の考察、外科治療の可能性に関する先生の私見などをいただき、大変参考になりました。

ED見学】
二週目(Team B, Dr. Zheng)と三週目(Team A, Dr. Gonzalez)の水曜午後(15:00-21:00)ED見学を入れていただきました。50を超える診察室はほぼ満杯で、私の研修中にもほぼ切れ目なく患者が運ばれてきており、shadowさせていただいたアテンディングのピッチも鳴りっぱなしでした。
外傷の患者が来たときは、Code 1(最重症)からCode 9(軽症)までに分けて医者がトリアージし、それによってすぐに大部屋で外傷初期対応をしたり、診察室でCTを取るまで待機させたりとシステマチックに治療方針を判断していました。外傷性SAHが来たのですが、それはCord 1としてED全体に放送が鳴り響き、大部屋に一斉に集結して初期対応をしていました。脛骨経由のIOが外傷初期対応のプロトコルに入っているのだそうで、その点は今働いている病院との差異を感じたところです。確かに日本では皆肌の色がおおむね同じですが、アメリカでは肌の色は様々なので、末梢確保に難渋しているところをかなりの頻度で目撃しました。そういった背景もあるのかもしれません。
また脳梗塞疑いで救急隊から連絡が入ると、ED全体にStroke Callが発令され、迅速な初期対応ができるように人が集まってきていました。初期対応の中身自体は我々がやっているものと概ね変わらないように感じましたが、TNK(tenecteplase)という、tPAの新薬が既に使われていました。

Chinatown Clinic & JeffHOPE
他の方々も書いていらっしゃるので基本情報は省略しますが、seniorjuniorを指導しながら学生主体で診療をしており、ここにも質の高い屋根瓦式教育の一端を垣間見ることができました。一緒に問診や身体診察をし、Chinatown Clinicの後には学生の皆さんに夕飯に連れていっていただきました。
話していると、医学部の1-2年生の方々からはまだ学生らしい雰囲気を感じる一方で、4年生は自分の進路を見据え、面構えからしてもう「大人」になっているのがとても印象的でした。もちろん、アメリカの医学生はgap year1-2年取ることも多く、学生とはいえ実年齢は私より上だったり、既に結婚していたりという要素もあります。ですがたった2-3年でここまで雰囲気が変わるのは、やはりこうした学生主体のボランティアに積極的に参加したり、レジデンシーマッチングにおける厳しい競争に飛び込んだりする中で、自分の進みたい道を模索してきた強さ故のことなのかもしれないな、と思いました。多くの医学生は高額の奨学金を借りて医学部に入っていますし、実家住まいの医学生もアメリカにはほとんどいないようなので、生活力が養われ成熟しているという要素もあるかもしれません。

【研修外の過ごし方】
平日の空き時間は、病院の食堂で勉強をしたり論文を書いたりしていることが主でした。NARPの時は朝の時間に余裕があったので、6:00にカフェに開凸して作業をしていました。脳外科のレジデントの先生にうかがったのですが、フィラデルフィアには小さな良いコーヒーショップが沢山ありおすすめです。元々カフェが好きなのもあり、5-6軒は巡ったと思います。
週末は土曜日を勉強に、日曜日を観光に当てるようなリズムで過ごしていました。イースタン州立刑務所、フィラデルフィア美術館、独立戦争博物館、Mutter博物館、Elfreth’s Alley、フィラデルフィア・マジック・ガーデンと市内の主要なところは一通り行けました。大体の場所は徒歩30-40分圏内で行けるので、移動にはさほど困りませんでした。また学生時代にアイスホッケーをやっていたので、Philadelphia Flyersの試合は観にいきました。
同時期に、千葉大学のプログラムで、医学生の富岡君がobservershipに来ていたため、オペ室で会ったり夕飯に行ったりしました。私より長い6週間にも渡るプログラムの中で積極性を失わずに研修に取り組んでいる姿に良い影響をもらい、私も身の引き締まる思いがしました。

【英語に関して】
私は帰国生ではなく留学経験もありませんが、英語の勉強が単純に好きで、洋書を読んだり、YouTubeで様々なジャンルの動画を聞いたりシャドーイングしたりといった地味な作業を、高校生の時から趣味半分で毎日やってきました。実際現地でどうだったかというと、医学生やDr.と一対一で話したり、静かな環境で診察をしたりすることに関しては大きな問題はなく、語学力のせいで研修に致命的な支障を来たすことはありませんでした。ただ不意打ちで呼び掛けられると反応できなかったり、話が盛り上がってきて「複数人での雑談モード」にスイッチされると早すぎてついていけなかったりと(伝わるでしょうか?)、実際にアメリカで楽しく仕事をするレベルには程遠いことを痛感させられました。

【全体を通して】
熾烈な競争の中で日々アグレッシブに活動する医者・医学生のみなさんから、薬物が蔓延する社会の中で必死に生き抜こうとするNARPの患者さんまで幅広い層の人々のお話をうかがい、幾重にも折り重なる競争社会というアメリカの一面、そうした社会構造の光と闇を垣間見ることができました。アメリカの医療システムが日本よりもシステマチックに出来上がっているのは、日本よりも優秀な人がいるとか技術が進んでいるとかそういう単純な話ではなく、この複雑な社会を支えていく中で自然とそうならざるを得なかった、という側面が大きいようにも感じました。
今回の研修を通してアメリカで脳外科医として働く展望が見えたかというと、正直Yesとは言い切れないです。非常に洗練された教育システムを目の当たりにし、アメリカでトレーニングを積む意義は再確認できましたが、一方でその競争率、難易度の高さがいよいよ形をもって感じられたからです。ですが三週間の研修を通して多くの方々と積極的に関わり、自分の今持っている力は各所にアピールできたため、少なくとも研修前に定めた目標は十分に達成されたと考えております。そしてなにより、関わった皆さんとても優しく、とても楽しい研修生活を送ることができました。
狭くとも道があるのであれば、まずは脳神経外科医として地道に力をつけつつ、アンテナは高いところに張り続けておこうと思います。

【謝辞】
以下、様々な方にご支援いただいた旨改めて感謝申し上げます。

選考会・派遣に際してご指導いただいた 聖隷三方原病院脳神経外科 山本院長、精神科 西村先生、緩和支持治療科 森先生、救急科 眞喜志先生をはじめ臨床研修センターの方々
研修開始前後の様々な手続きをお助けいただいた 三宅様をはじめ野口医学研究所の方々
研修プログラムの調整など、現地でご支援いただいた Japan Center  ラディ様、Gleizer
脳神経外科でご指導いただいたDr. Wu, Dr. Ziechmann, Dr. Jabbour, Dr. Judy, Dr. Farrell, Dr. Jallo
NARPでご指導いただいた Dr. Jangro, Dr. Shalvoy, Ms. Molaro
精神科病棟でご指導いただいた Dr. McCarthy, Dr. Margery
ラボでご指導いただいたDr. Hahn
救急科でご指導いただいたDr. Zheng, Dr. Gonzalez
Chinatown Clinicにお招きいただいたDr. Lau
JeffHOPEにお招きいただいたMs. Avanzato
初日にJefferson Libraryを案内してくださったMs. Adamczyk
同時期に脳外科・一般外科をobservationしていた千葉大学医学部 富岡君
各所で温かくお迎えいただいたレジデント・医学生の皆様

NARPでDr. Jangro、レジデントのDr. Alnemriと。Methadoneを持って撮っているのはDr. Jangroの遊び心 NARPでDr. Jangro、レジデントのDr. Alnemriと。Methadoneを持って撮っているのはDr. Jangroの遊び心
EDでDr. Gonzalezと EDでDr. Gonzalezと
Chinatown Clinicの医学生の皆さんと Chinatown Clinicの医学生の皆さんと
TJU Libraryに保管されていたロールシャッハテストの現物 TJU Libraryに保管されていたロールシャッハテストの現物