米国財団法人野口医学研究所

トーマス・ジェファーソン大学 エクスターン体験記

医師津島隆太

2016年9月米国トーマス・ジェファーソン大学

この度は米国財団法人野口医学研究所とトーマス・ジェファーソン大学(TJU)ジャパンセンターのご尽力のもと、トーマス・ジェファーソン大学病院のInternal Medicine3週間のエクスターンシップに参加させていただきました。ここでは今後米国での臨床留学(特にレジデンシープログラム)を考える方々に向けて、ポジション争いする米国医学生がどのような環境で医学教育を受けているのかを重点的にお伝えしたいと思います。

 

まずはTJU内科チームの様子を簡略にお伝えします。

米国の内科病棟はCardiac Care Unit (CCU)やStroke Care Unit (SCU)の例外を除き、当該疾患臓器によらず全てGeneral Internal Medicine (GIM)が入院管理を担います。一般的な内科疾患はGIM指導医の監視下で研修医が治療し、各専門医の判断・介入が必要となればコンサルトします。専門医は直接入院管理にあたることはなく、コンサルトを受けて研修医や医学生にフィードバックしますが、研修医教育の主たる部分はGIM指導医が担っています。専門医が入院管理、外来診療、検査・手術の合間に教育を行う日本とはどうしても教育に関する手厚さに隔たりがあります。

私が配属されたTJU GIMチームは医学生(34年生が数名)、インターンとレジデント、指導医1名の計6名前後で構成されます。各チームが担当する患者数は14名を上限に設定され、それ以上は他チームへの入院となります。日本と比較して各チームが担う症例数は少ないのですが、平均入院日数が4日前後で入退院が多く3週間のエクスターンでも多岐にわたる疾患を経験できました。

午前中は主にカンファレンスと回診であり、昼食時には毎日ヌーンカンファレンスがあります。ここではレジデントが症例発表するモーニングレポートとは異なり、各科の教授・准教授クラスが1時間の講義をしてくれます。内科全般のみでなく、臨床研究センターからは研究開始にあたってのガイダンス等もあります。日々の臨床実習のみでなく、常に最先端の知識を効率よく学習できる環境が整えられています。

 

研修して第一に驚かされる事は医学生のレベルが非常に高い点です。米国の医学部3年生は医学知識を差し引いても日本の初期研修1年目に相当する力があると感じました。彼らは平均で35名の症例を日々担当し、朝6時前後からプレ回診とカルテ記載をしています。8時半から指導医を交えてチーム回診が始まりますが、プレゼンテーションの骨格等は2年生までにほぼ身に付いています。日本の臨床研修で見るような「プレゼン形式」に関する指導は一切なく、担当している症例に対するアセスメントとプラン内容に絞られます。

プレゼンテーションに留まらず、彼らは医学生の立場で専門医へのコンサルト、紹介元の医療機関へ診療情報の問い合わせ、コメディカルスタッフとの各種調整を自分で行います。実際のオーダー類は全てインターン以上が代行しますが、日々学ぶ内容は日本の初期研修医とそれほど変わりありません。

プレゼンテーション技術の差は単に医学教育によるものだけではないと思います。幼少期から自分の考えを発信するプレゼンテーションを磨き、医学部を受験するために4年生大学を卒業している事はほぼ必須条件です。大学卒業後に他職種に就職した経験がある者も多く、米国の医学生が上記のように高いパフォーマンス力を有していることはやむを得ないと思います。

 

このように優秀な医学生達ですが、彼らを教育するTJUの設備投資も大変なものでした。レポート最終稿に写真を添付しますが、医学生~各専門医の需要を満たすシュミレーションセンター(地上5+地下1階)が完備されています。12年生では基礎医学と臨床医学を出来る限り並行して学習できる様々な部屋が用意されています。USMLE Step2CS対策の問診室も多数あり、2年生になると本番のStep2CSよりも難しく設定した学内実技試験を何度も受験させて合格すると3年生として臨床実習が許されます。

救急外来(ER)、一般病棟、手術室を模したシュミレーションルームも多数用意されています。見学時はERレジデントと医学生が指導医と一緒に多発外傷を模した症例を練習していました。実際の現場と同様に次々とレントゲンや採血結果がモニターに映し出され、混乱した医学生をアシストしつつレジデントは落ち着いて初期診療を周囲に指示しています。あまりに実戦的なトレーニングであり、これには面喰いました。同様のトレーニングは手術室や病棟を模した部屋でも定期的に開催され、時々医師や医学生に限らずコメディカルも一緒に参加して学んでいるそうです。

フェローや専門医に向けた設備も多く、見学時は心臓カテーテル検査や内視鏡検査シュミレーターにはじまり、全米に数台しかないという最新式のダビンチシュミレーターもありました。設備投資も大学予算のみでは限界があるようでしたが、フィラデルフィアの資産家が大学に寄付した多額の資本を基に運営しているようです。

本来はこのようなシュミレーションで理解を深めてから現場に立つことが理想ですが、残念ながら日本でこれだけの設備をもつ病院はほぼないと思われます。導入は経済的な観点でも非現実的かと感じられ、豊かな米国の底力を感じずにはいられませんでした。

 

医学教育の中でも「プロフェッショナルとしていかに医師・患者関係を築くか?」という点は大きなテーマの一つです。活字化も難しく、一方で指導医の後ろ姿を見学しているだけでは理解が進まない分野の一つかと思います。今回のエクスターンではこの点に関しても良き知見を得られました。

指導医のスタイルで大きく変わりますが、私の内科チームでは朝8時半頃に指導医を交えて主に医学的な問題点を集中的に議論します。この点は日本の多くの病院と同じかと思います。病棟に移動後、患者さんの個室にチーム所属の薬剤師や看護師も含めた全員で入室します。まず、朝に診察した医学生が患者さんの症状・不安・疑問点を全員にフィードバックします。次にレジデントが今後の治療方針や退院時期を含めた「チームとしての戦略・見解」を手短に説明します。患者さんやご家族は文化的な背景の違いもありますが、躊躇うことなく我々に質問しますのでその場で丁寧に回答します。倫理的・スピリチュアルな問題でレジデントの技術では伝えにくい場面ではGIM指導医が説明します。日々の回診で上級医が説明する様を見学しながら、彼らは「どのようにして情報を伝えるか」を学んでいるようです。説明が終わって退室すると、医学生やレジデントは指導医に「どの点に注意して説明したのか?」という質問をすることも多いです。

多くの専門医が病棟管理・外来・検査や手術も担当している日本ではマンパワーの点で非常に難しいのですが、医学教育の一つの理想体型として勉強になりました。

 

様々な知見を得た3週間でしたが、私は英語に関して弱点が多く「非常に楽しい毎日を過ごした」というよりは「毎日を必死に頑張る」という印象です。初日にチームメンバーと合流した際、お互いの自己紹介をする時間はなくあっという間に一日が終わります。「日本人としては過剰かな?」と思えるくらいに自分から周囲に切り込まなければ、メンバーとはみなされません。単に「米国の医療現場を見てみたい」という気持ちでなく、推薦状の獲得や実戦的な経験をしたいと強く望むのであればこの点はより重要だと思います。

日本国内で使用している携帯電話を海外ローミングしてエクスターンに参加するケースもあるようですが、個人的にはあまり推奨できません。この場合、相手の携帯電話に表示される番号は「+81-80~」となり米国人に聞くと非常に不気味なようです。逆の立場になれば至極当然であり、これで大事な電話やメールを無視されてはチーム内で孤立してしまいます。私は過去の失敗に基づき、現地到着後にSIMカードフリーの携帯を購入しました。日本の携帯市場に比較し、機能面で目をつぶれば月7000円程度で十分です。チームメンバーと合流後に自分の名前と携帯番号を各自に伝え、ショートメールを頻用して自分が一人にならないように工夫しました。最初の数日間でしつこく周囲に関わると、カンファレンスルームの場所変更や急患到着の知らせなど小さいですが日々のエクスターンでは重要な情報がショートメールで伝えられます。一生懸命でやる気があると思われると症例プレゼンを任され、最終的には簡単なコンサルトもやらせていただきました。

 

ここまでTJUの教育環境がいかに充実し、レジデンシーのポジション争いをすることになる相手米国医学生がいかにハイパフォーマンスを有するかを申し上げました。私は米国の医学教育を手放しで賛美するのでなく、これほどまでに手厚い教育環境のもとで医学教育を継続しながら各領域で最前線のエビデンスを発信し続けている米国という現実を一人でも多くの方に知っていただきたいという思いが強くなりました。2023年問題を皮切りに我が国の医学教育も過渡期を迎えましたが、世界最高水準の医学教育が何たるかを全身で味わった毎日でした。

 

私は卒業5年目で参加しましたが、この状況下でも日本人が負けないポイントは十分にあります。その代表例は検査所見の解釈にあり、特に画像所見においては顕著です。日本では放射線読影医が米国よりも圧倒的に少なく、多くの画像はオーダー医自らが読影評価していると思います。米国医師の大半は自分で読影せず、放射線科医によるレポートを待っています。実際の画像所見を理解して議論しようとすると、彼らも耳を傾けてくれます。

卒業5年目となると以前のエクスターンに比較し、医学知識で歯が立たない事は少なくなります。午後にチームの患者さんを回診した際、病態生理等に関して質問されることもあります。英会話による説明には限界がありますが、手元で簡単なイラストを描きながら質問に答えていくとチーム回診で患者さんが納得できていない部分が見えてきます。その点をチームリーダーにフィードバックし、翌日の回診に生かされた経験もあります。

 

エクスターンに参加する理由は人様々でしょうし、そこに正解はありません。私はチームの一員とみなされ、ある程度は機能できるようになることを目標に参加しました。結果として反省点も多く、まだまだ努力が足りないと率直に思います。チーム診療の運営や医学教育に関しても多くの知見を得られ、帰国後は一人でも多くの後輩に還元したいと考えております。

 

謝辞

この研修に参加することができたのは、選考会で採用していただいた米国財団野口医学研究所の皆様や、受け入れ先のトーマスジェファーソン大学のDr.Charles A Pohl先生と佐藤隆美先生のおかげです。実際の内科チームでチームリーダーのDr. Evan Caruso、指導医のDr. Rebecca C. Jaffe先生並びにDr. Luis A. Taboada先生、また留学全般に関してお世話していただいたラディ由美子さん、木暮さんには大変お世話になりました。ご多忙の中で面談の時間をいただいたDr. Gregory C. Kane先生並びに秘書のMs. Fortune Medeirosさんにも感謝申し上げます。今回のエクスターン参加にご理解いただきご許可下さった職場の皆様にもお礼を申し上げたく、謝辞にかえさせていただきます。