米国脳外科レジデンシーとサブインターンシップを見学して感じたこと

エクスターンシッププログラムを通じて、2025年8月11日から29日までの3週間、米国フィラデルフィアにある Thomas Jefferson University Hospital の一つ、Jefferson Hospital for Neuroscience (JHN) にて脳神経外科研修を行いました。
JHNは約900床を有する中核病院で、脳神経外科手術を専門とする施設はメイン病院から数ブロック離れた建物にあります。脳神経外科は血管、腫瘍、脊椎、機能の4チームに分かれており、各分野のアテンディング(指導医)のもとで研修が行われていました。レジデント(卒後1~6年目の専攻医)は病棟管理や手術に携わり、6年目のチーフレジデントが全体を統括する体制でした。レジデントを修了した後には、血管や腫瘍などのサブスペシャリティごとに1~2年のフェローシップに進むことが一般的です。フェローはレジデントの延長ではなく、独立したプログラムに所属し、レジデント業務とは切り離されて、主にアテンディングから直接指導を受けていました。
アメリカの脳神経外科研修は日本と大きく異なります。1年目(intern)は病棟管理や緊急対応、ICU管理を担い、手術にはほとんど入りません。2年目から少しずつ手術に参加し、3~4年目は手術中心の研修を行います。5年目には研究に専念する「protected research year」が設けられており、6年目はチーフレジデントとして病棟全体を管理し、さらに高度な手術を執刀します。そして7年目にサブスペシャリティのフェローに進む流れです。Jeffersonでは6年目でチーフを務め、7年目でフェローに進むため、1年早くアテンディング(独立した指導医)になれる点が特徴であり、人気プログラムである理由の一つとなっていました。
今回の研修期間は8月で、ちょうどアメリカの医学部4年生が「sub-internship」に参加していました。これは自大学以外の病院で1か月単位の実習を行う制度で、日本の病院見学が1日単位なのとは異なり、患者さんの診察、カンファレンスでのプレゼン、研究発表、当直業務などを通して1ヶ月間常に評価を受けます。推薦状を得るため、多くの学生は夏の間に全米3~4か所をローテーションするそうで、レジデンシーマッチングの厳しさを実感しました。
1日の流れですが、朝4時30分に病院に行き、ナイトシフトのレジデントと一緒に病棟回診をし、朝5時からは夜勤レジデントからの引き継ぎ、ICUラウンド、カンファレンスと続きます。水曜から金曜はジャーナルクラブやレクチャーがあり、月に1回はM&Mカンファレンス(死亡・合併症症例の検討会)が行われます。ここではチーフレジデントが発表し、原因分析から再発防止策、場合によっては院内プロトコル改訂にまで踏み込んで議論されており、その徹底ぶりに強い印象を受けました。手術は午前7時30分から開始され、JHNだけで1日に6~10件が同時進行していました。症例は脳腫瘍、動脈瘤、AVM(脳動静脈奇形)、DBS(深部脳刺激)、SCS(脊髄刺激)、脊椎手術など多岐にわたり、非常に刺激的でした。午後4-8時ぐらいには手術が終わり、午後5時から夕方の申し送りをして、午後7時に解散でした。
米国では入院期間が非常に短く、脳腫瘍術後でも2~3日で退院することが多く、日本との制度の違いを実感しました。外来診療も効率的に組織化されており、nurse practitioner やフェローが事前に問診した内容を簡潔にプレゼンし、指導医が診察に集中する仕組みが整っていました。また、日本のように患者さんが診察室で待つのではなく、各部屋で家族と共に待機し、医師がそこへ入る形式は、移動が困難な患者さんが多い脳外科では特に合理的であり、印象に残りました。また術前の禁煙指導では「保険会社に尿検査を提出し禁煙を証明できなければ保険が適用されない」と先生が説明され、制度が臨床に与える影響を強く感じました。
研修中はNeuro ICUや外来の見学に加え、週1回はChinatown clinicにも参加しました。ここは無保険患者さんを対象とした無料診療所で、医学生が受付から診察までを担当し、ボランティアの指導医が最終診察と処方を行います。インドネシア語などの言語サポートや生活相談にも対応しており、教育と社会貢献を両立する仕組みに感銘を受けました。
平日の夜は医学生や他のobserverと食事を共にし、週末はフィラデルフィアの街を散策しました。Mutter Museumでは世界各国から集められた医学標本を見学し、Reading Terminal Marketでは地元の食材やアメリカ最古のアイスクリームを味わいました。ハードな日々の合間に、街の文化を体感できたことも大きな収穫でした。
今回の研修を通じて、世界中から集まる優秀な方々に刺激を受け、自分に不足している点や今後必要な経験を明確に知ることができました。米国の脳神経外科教育の厳しさと効率性、そして社会制度の背景を学んだことは、今後のキャリア形成に大きな示唆を与えてくれました。最終日前日には医学生やレジデントと打ち上げに参加し、充実した3週間を締めくくることができました。
最後に、このような貴重な機会を与えてくださった野口医学研究所の三宅様をはじめ関係者の皆様、現地でご指導くださった Dr. Farrell、Dr. Hines、Dr. Jabbour、Dr. Lau、Dr.Sato、そして温かく迎えてくださった医学生、レジデント、アテンディングの先生方に心より御礼申し上げます。多くの方々のご支援のおかげで、実りある研修を送ることができました。深く感謝申し上げます。

