米国財団法人野口医学研究所

野口医学研究所エクスターン研修レポート(精神科)

医師瀬嵜智之

2014年9月米国トーマス・ジェファーソン大学

  • はじめに

この度、野口医学研究所のご厚意により922日より1010日までトーマスジェファーソン大学(以下TJU)病院精神科にて研修を受けてきました。そこで学び得たことについての報告をさせていただき、今後同様の道を志す方々に少しでも有益な情報を提供できたらと思っております。今回のエクスターンに関して私は選考も受けていないことを含めて、同様のエクスターン研修を受けた多くの方とはバックグラウンドが大きく異なると自負しておりますので、私の思いと経験を赤裸々に語ることで誰かにとって役立つものになると信じております。

 

  • 自分史と応募するに至った理由

私は20143月に初期研修を終え、現在精神科医を志しております。2015年度より後期研修を開始する予定となっておりますが、実はレポートを書いている時点では病院で医師として仕事をしておりません。その理由について簡単に説明します。

私は中高時代より英語に対して極端な苦手意識を持っており、大学受験において英語が2次試験の受験科目に無い山形大学を受験したほどでした。その時点では海外留学など夢にも思わないものでした。大学時代に幸運にも教育的な教授に出会いUSMLEについて知りました。臨床留学を意識してではなく、ただ勉強の指針、そして世界的に認められているテストで高得点を取ることで自信をつけたいという目的で勉学に励みました。結果として、学生中にSTEP 1 (235)STEP 2 CK (236)を取得することができました。その当時でも英語は全く話せず、同時期に受けたTOEICですら600程度しか取ることができませんでした。しかし人の心とは不思議なもので、STEP 1,2 CKを終えると欲が出てきます。当初英語に対して過剰なアレルギー反応を示していた私が、次第にSTEP 2 CS、そして臨床留学を意識するようになったのです。

私は現在、精神科医を志しております。その理由は非常に複雑なので割愛しますが、人の心に興味があるといったことが深く関係しております。その思いを胸に医師として初期研修を開始しましたが、私が目の前にしたものは患者の心に対する治療ではなく、むしろ患者の病名に対する薬の処方でした。その状況に納得ができませんでした。そんな中、多くの精神科に関する本を読む中で、アメリカの精神科では人の心にもっと焦点を当てているとの記載を多く目にし、その実態をこの目で確かめたく、そしてもし日本に足らないものがあればそれを持ち帰りたいと思うに至りました。そして、いよいよ心を決め研修医2年目より(つまりエクスターンの1年半前)、英語の勉強を本格的に開始しました。仕事の合間を利用し英語の塾に通いながら必死に勉強しましたが、とても海外の臨床で使えるようなレベルに到達するとは思えませんでした。

通常であれば初期研修を終えると、自分の専門家を決めて後期研修を開始となりますが、私はそうしませんでした。数々の病院に見学に出向きましたが納得できる病院は一つしかありませんでした。しかし、その病院も人員の関係で来年度より採用することができないと言われてしました。自分をごまかして働くことはできないと判断し、元来より興味のあった教育業として大学の講師をしながら英語の勉強をし、本当に働きたい病院が現れるのを待つことにしました。しかし、これも幸運としか言いようがありませんが、その病院での予想外の人事の関係で来年度より採用できるようになったとの報告を頂きました。しかし、一度決めたことを変えたくはなく、1年間で様々なことを経験しSTEP2CS取得を含めて臨床留学の準備をしたいという旨を医長に伝え、一年間の猶予を頂きました。

学生時代に一度も海外での臨床体験をしてない自分にとって、一度海外での病院にて研修をすることが自分の今後の指針決めに死活的に大切だと思うに至りました。そこで色々と調べていく中での野口医学研究所の臨床留学制度を見つけたわけです。

 

  • 面接や書類審査における重要事項

野口医学研究所のエクスターン制度を含めて、私達はことあるごとに、チャンスを掴むために面接や書類審査を経る必要があります。もし私の経緯を成功とするのであれば、その理由を顧みると、私の志望動機がストレートで全てが経験に基づき、かつ志望する必要性が明確であったからだと思います。面接、願書の記入の際に何よりも重要なのは、志望する理由を自分の経験に基づき説明し、かつ自分の存在が如何に相手にとってベネフィットがあるかを大胆かつ正確に語れるかだと思っています。私はこの経験を活かし将来臨床留学をして日本の精神科医療を改善し、かつ日本全体の幸福に寄与すると断言します。

 

  • エクスターン前の準備

精神科での研修を行う場合はTJUと事前に決まっておりました。6月に面談を終え、実際に研修を行うまでに3か月以上の時間を要するため研修開始は922日からとなりました。私の最大の懸念事項は自分の至らぬ英語力であったため、TOEFLの勉強を中心に英語力の強化に努めました。研修前の英語力を隠さず申し上げますと、TOEIC900程度、TOEFL86でした。以前の自分に比べると大分成長したと思いますが、これでも臨床留学に必要な英語力には全く足元にも及ばないということが身をもって知らされます。また、事前に研修で見たいポイント、聞きたいことなどをリストアップしておきました。

 

  • 実際の研修内容

シカゴを経由しフィラデルフィアについたのは920日の23時頃でした。そこからタクシーで寮まで向かいました。21日は休養とし、22日より3週間の研修が始まりました。初日の午前はTJUJapan Centerの事務員ラディ由美子さんにオリエンテーションとして大学・病院の施設を案内していただきました。TJUは大学と病院が融合し、フィラデルフィアの町の中心部の一部を占めております。大学は非常に綺麗で洗練されており、ジムやプール、図書館全ての施設が充実しておりました。

正午には精神科教授であるDr. Vergareとのランチ対談がありました。非常にお忙しい中、時間を作っていただき感謝しております。研修中に3回もの対談の機会を与えていただきましたが、その中で精神科における言葉、つまり英語の重要性、そして医師は決して自分の考えを患者に押し付けないこと、そして現在アメリカでは過去の医師が医療における一切の権限を得ていた時代からチーム医療の時代に変わりつつあることを教えて頂いたことが印象的でした。

ここからは具体的な精神科での研修内容を説明します。私は大きく分けて4つのセクションを体験しました。入院病棟、外来病棟、コンサルタント、院外クリニックです。毎日7時半の夜間の緊急患者に関するモーニングカンファレンスで一日が始まり、その後はその日のスケジュールによって異なります。入院病棟の日では、8時半より入院病棟にカンファレンスをして、そこで全体で方針を立てその後個別で患者に会いさらにそこで患者と治療方針を立てていくといったものが一日の通常の流れでした。入院病棟の研修を通して印象的であったことは医師、看護師、常勤医、研修医、学生などを問わず皆が積極的に話し合いに参加している様子でした。一人の患者に関してみんなで良く話し合い方針を決めるという当然のようにも思える様子は、案外日本で見ることは殆どありませんでした。医師が一方的に方針を決めそれを周りがただ受託する。これが未だに大多数であるのが現状だと思います。

外来病棟は一日だけでしたが、新患の診察をモニター越しに見させて頂きました。研修医と医学生と患者が個室に入り1時間半もの診察をします。診察室も患者が座れるようなソファーが置かれており殺風景な診察室は一線を画するものでした。モニターを上級医と見て、診察後に上級医も含めてディスカッションを行いました。

コンサルタントでは、他科から要請があった場合にその患者の精神的問題を対応します。様々な患者を目にしましたが、日本に比べて社会的格差が大きく、そこで目にした患者は非常に貧しい環境で生きている様子で、教育を受けていないこともあると思いますが、非常に癖のある英語をしゃべる患者が多い印象でした。

最後に院外クリニックに関して話します。ここでは主にオピオイド中毒患者の治療を外来で行います。日本では殆ど見られないような薬物中毒の患者がクリニック、いや街中に溢れかえっていました。私は医学生が診察するのを横で見学し、身体診察の際には時にアドバイスを与え、実際に診察に加わることもありました。

 

  • 精神科研修以外の体験

3週間の間に、精神科に限らず本当に様々な体験をさせていただきました。以下に列挙すると、JeffHOPE、中国人街でのボランティア診療、数々のカンファレンス、そしてスピリチュアルケア見学です。

 

JeffHOPE

これはTJUの学生が主体となって行うホームレスを対象としてボランティア診療所のことです。平日の殆ど毎日、場所や患者の対象を変えて診療を行いますが、その主体となるのは医学生で、そこに12名の医師がスーパーバイザーとして参加します。低学年の学生と高学年の学生がセットになって診察し、情報を纏めて上級医に報告し方針を立てます。薬剤管理、手技担当、検査担当などが細かく分かれており、各職種の仕事を身を以て体験できるようなシステムになっておりました。ここでは私も診察に参加することでき非常に充実した時間を過ごせました。22時くらいまで行い、その後みんなで飲みにいきました。

②中国人街でのボランティア診療

これはJeffHOPEと非常に良く似ていますが、患者の対象が異なります。フィラデルフィアでは全米でも有数の中国人街があり、そこに住む多くの移民は英語が話せません。そのため、中国語を話せる医師や、通訳ボランティアなどが協力し診療にあたります。ここの診療も完全に無料となっています。ここでは救急医の後ろで見学をさせて頂きましたが、みんな非常にテキパキと仕事をこなしているのが印象的でした。診療の最後には、上級医により医学生に対してのレクチャーがあり皆熱心に聞き入っていました。

③カンファレンス

TJUでは毎日のように様々なカンファレンスが行われています。私もいくつか参加させて頂きましたが、初日にエボラに関するカンファが行われていたのが印象的でした。それは参加することができませんでしたが、常にそういった場が開かれている様子でした。

 

④スピリチュアルケア見学

参加したカンファレンスの一つに患者に対するスピリチュアルケアに関するものがありました。アメリカではチャプレンといって、日本語では臨床宗教家という職業の方が病院に常駐し、主に患者や家族、時には医療者の心の痛みのケアにあたります。私は精神科同様、終末期などのスピリチュアルケアにも強い興味がありましたので、カンファレンスで出会った方に無理を言って最終日に見学させていただきました。チャプレンの仕事は型が決まったものではなく、依頼された場に行きそこで自らその場でできることを考えて行うというものです。時には死を前に悲しむ患者家族の横に座り、時には意識混濁となった患者の手をただ握り、時にはそれらの状況にうろたえる医療者の心に寄り添うというものです。日本とアメリカで宗教を含めた社会的背景が大きく異なりますが、私個人としての意見では、日本でもスピリチュアルケアにあたる専門家が必要と考えます。終末期医療にて患者との接し方に悩む医療者を多く目の当たりにし、ここにも専門性を導入する必要があると考えました。

 

  • 英語に関して

ここまでポジティブな点ばかり述べてきたため読者の方は、私が終始楽しい研修を送ったのものだと感じられたかもしれません。事実は完全にノーです。はっきり言って私の至らぬ英語力故、この研修は非常に精神的・肉体的に負担のかかるものでした。日本での外国人の日常会話ではあまり困ることがないレベルまで上達したと思っていましたが、ここで求められる英語力は比べものにならない程高く、理解に困難を極めました。東海岸で話されている英語は他の地方と比べても早く、また旅行者が少ないためか日本人の英語にも慣れていない様子でした。一対一で会話する場合はまだましですがそれでも理解ができない場合にはお願いして紙に書いてもらうこともありました。さらに厳しかったのがカンファレンスです。そのような場では私のような存在を気に留めて話をするということはないので、完全にナチュラルスピードの会話で、かつ精神科においては画像や検査値のような共通言語も存在せず、カンファレンスの内容が言葉という非常に抽象的なものでした。理解しようと努力しても5割程度、集中力が切れると1割程度まで落ちました。あまりにも理解に苦しんでいたこともあり一部のスケジュールが後に変更されるということまであり、非常にショックでした。しかし、ポジティブなこともあり、上記のようなJeffHOPEに参加した際には、そこでの英語は一般的な疾患を対象とするため診察に用いる英語も馴染みのあるものであり8割程度は理解ができました。つまり、精神科で求められる英語力が他科に比べても非常に高いということが窺い知れました。もはや、TOEICTOEFL 等の教科書マテリアル英語だけでは求められる英語力に遠く及ばず、実践を通じて学ぶ以外にはないと感じました。臨床留学において、TOEFL 8090100というスコアがキースコアになることが多いですがそれは良く理解できます。何科においても働くに必要な最低英語力が担保されるのが100であり、見学や研修に限定して90あれば部分に参加できる能力があると判断され、80程度では使いものにならないが最低限何かを学んで帰ってくることができる。このように感じました。

何より悔しかったのは自分の英語力が低いためだけに、能力も低いような扱いも受けることです。いつか必ず英語力を磨きそんな壁をも乗り越えてみせたいと思います。英語は数学や理科のような所謂受験科目とは一線を画するように思います。英語はただのコミュニケーションのための道具に過ぎず、どれだけ相手のことを知ろうとするか、それが英語を上達する秘訣なのではないかと感じるようになりました。

 

  • 週末の過ごし方

私は比較的アクティブな性格なので週末はこの機会を利用して小旅行をしようと決めていました。1週目はワシントンDC2週目はボストンに、どちらも電車(Amtrak)を使って旅をしました。ワシントンでは博物館を巡り、ホワイトハウスを遠くから見て、最後にMLBのナショナルズの試合を見てきました。

ボストンは夜行電車で行き駅ではホームレスにお金をたかられることもありましたが、これもいい英語を話せる経験と思い楽しみました。そこでは、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、マサチューセッツ総合病院(MGH)、美術館などの見学をしてきました。旅ゆく先々で出会いがあい、時にはオペラ歌手と知り合うなど非常に充実した旅になりました。

  • 様々な出会い

TJUでは様々な日本人の先生と出会いました。佐藤先生、津田先生、広瀬先生、田中先生と日を変えてお話をする機会を与えて頂きました。どの先生も目を張るようなバックグラウンドを持ち、そして何よりみな英語や文化の違いなどの苦労を乗り越えてきていると聞け、その事実が私にとって非常に強い心の支えとなりました。また、同時期に研修にきていた武田先生や池田先生などまさに今アメリカの病院にアプライをしている極めて情熱的な医師にも出会い、私もこの方々に続きたいものだと感じました。

  • 今後エクスターンを希望する皆様へ

今後エクスターンを希望する方には是非積極的にチャンスをものにして欲しいと思います。もちろんその病院で推薦状をもらうなどの現実的な理由で行くのも手の一つですが、何より野口医学研究所では積極的に医師の紹介をしていただけます。つまり、そこでたくさんのご縁を頂けるわけです。私の人生同様、人の人生は思ったようにはいきません。しかし、一つ一つの縁を大切にしていくことで予想もしなかった素晴らしい場所にたどり着けるものと思っております。その縁をこのエクスターンではたくさん得ることができます。私の場合は、現在アイオワ大学病院で精神科をされている日本人医師とのつながりもでき、また近い将来病院見学に伺う予定となっております。このように皆さんもエクスターンを通じて色んなチャンスを手にしてください。一部の帰国子女を除いて、みなさん英語で苦労されると聞きます。それでも、その挫折体験がまたより人生を充実させるものです。どうか皆さんのご活躍を祈っております。

 

  • 謝辞

私のような至らぬものにこのような過分な機会を与えて頂き心より感謝しております。特にエクスターンの機会を与えて頂いた浅野先生、貴重な時間を割いてお話頂いたDr. Vergare、日本において数々のやり取りをしていただいた樫本様、TJUの入院病棟と院外クリニックで特に面倒を見て頂いたDr. Milburn、様々な貴重なお話をしていただいた佐藤先生、津田先生、広瀬先生、田中先生、Mr. Michael Kenney、ボランティアで特に面倒を見て頂いたDr. Lau、アイオワ大学の日本人精神科医との仲を取り持っていただいたDr. Mago、そして何より3週間の間私の心の支えになっていただき、様々な私のわがままに答えていただいたRadiさんには、この感謝の気持ちを表現する言葉も見当たりません。改めまして、この度は本当に有難う御座いました。

 

 

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