Thomas Jefferson UniversityでのClinical Clerkshipを終えて

【はじめに】
私は漠然と「将来は国際的に医療を行いたい」と考えており、国際医療福祉大学に入学した当初から、いつかアメリカの医療現場を実際に見てみたいという思いがありました。低学年のころから始まった医学英語教育や、刺激的な仲間に囲まれた環境にはとても恵まれていましたが、同時にアメリカで医療に携わることの険しさも感じ、なかなか一歩を踏み出せずにいました。
そんな中で、本学6年次の必修カリキュラムである「海外臨床実習」の機会を、自分の将来により実りあるものにしたいと考え、本プログラムに応募いたしました。ありがたいことに、アメリカで予定している6週間の臨床実習のうち、最初の1週間をこちらで過ごさせていただくこととなりました。
今回の渡米の主な目的は、「現在興味を持っている家庭医療がアメリカでどのように実践されているのかを知ること」と、「日本とアメリカの医療制度の違いを肌で感じること」の2点です。その目標を胸に、実習に臨みました。
【オリエンテーション】
木曜日に現地入りし、金曜日にはJapan CenterのMs. RadiとMr. Gleizerにキャンパスや病院をご案内いただきました。一帯が医療施設で構成されており、そのスケールの大きさに驚かされました。町中でもJeffersonのロゴ入りの服を着ている方を多く見かけ、地域に深く根ざした存在であることを実感しました。
お昼は現地の医学生3人と一緒に、フィラデルフィア名物のチーズステーキやピザを食べながら交流を深めました。午後は最新の緩和ケアセンターを見学し、ソーシャルワーカーの幅広い活躍に感銘を受けました。
【医療制度】
日曜日のお昼には、ハワイ大学でレジデントとして勤務されているDr. Kawaiから、アメリカの医療制度についてお話を伺いました。
アメリカの医療制度が日本とは大きく異なることは知っていましたが、具体的な内情を聞くのは初めてで、多くの驚きがありました。日本の皆保険制度とは異なり、アメリカでは各自が保険を選んで加入する必要があり、しかも保険ごとにカバーされる内容が異なります。そのため、患者、医療機関、保険会社の間で無数の組み合わせが生まれ、対応すべき業務が増えてしまう点が印象的でした。
国民自身もその複雑さに悩まされながらも、保険・教育・経済など非常に多くの因子が絡み合っており、単純にどこかの制度を変えるだけでは解決できないことが課題だと感じました。
また、アメリカが「自由の国」であることを何よりも重視しており、国全体の制度を変えることが困難でも、州ごとであれば制度改革が可能かもしれない、という視点は興味深かったです。一方で、多くの州が陸続きでつながっていることから、州単位で制度を変えるにも限界があるように感じました。
【内科】
月曜と火曜の午前中は、内科の回診に同行させていただきました。
Attending doctorの前で堂々とスラスラと症例報告をする医学生の姿には、大変感銘を受けました。
カンファレンスでの会話は非常にスピードが速く、聞き取るのが難しいと感じる場面も多かったですが、患者さんとの会話では一転して、ゆっくりと丁寧に話しかけ、ラポールを築きながら、一つひとつの悩みに耳を傾けて解決していく姿勢がとても印象的でした。
【シミュレーション】
月曜と火曜の午後には、長年にわたりシミュレーション教育に携わっておられるDr. Majdanから、Harveyというマシンを使った循環器診察の講義と、Standardized Patient(模擬患者)を交えた医療面接の講義を受けました。
循環器診察の講義では、実際に拍動を触れたり心音を聴取したりしながら、正常所見と異常所見を一つ一つ整理していきました。Dr. Majdanが繰り返し「病気ではなく、患者さんを見なさい」とおっしゃっていたことが強く印象に残り、医療のサイエンスの側面だけでなく、アートの部分も大切にしていきたいと感じました。
模擬患者との医療面接の練習では、動悸を主訴とする患者さんに対し、医師と患者という関係性の前に、人と人としての信頼関係を築きながらも、常に何を鑑別に挙げてどのように質問しているのかを意識し続けるという、非常に高度な内容でした。非英語圏出身者にとって、共感を言葉で示すのは難しいことですが、模擬患者さんから「あなたが私のことを気にかけてくれているのは、十分に伝わってきました」と言っていただき、言葉だけでなく態度で示すことの大切さに気付かされました。
【救急】
2時間という短い時間ではありましたが、救急外来の見学もさせていただきました。ちょうど月曜日だったからか、94人の患者さんが来院し、うち37人が待機しているという非常に忙しい夜でした。医療制度の講義で学んだ、救急医療や出産に関してはすべての人を受け入れることを義務づけたEMTALA法の影響もあり、救急外来が常に混雑しているという現実を肌で感じることができました。
また、水曜日の午前中には救急のResident Conferenceにも参加させていただきました。教員によるレクチャーのほか、レジデントによるプレゼンテーションも複数行われており、内容は知識の共有や問題解説、症例報告、研究の紹介など多岐にわたっていました。アウトプットの機会が非常に多く、皆さんがスライド作成や発表にとても慣れていることに感銘を受けました。
【JeffHOPE】
火曜の夜には、JeffHOPEのMen’s Shelterを訪問しました。ここは、医学生が中心となって一から仕組みを作り、ホームレスの方々に医療や必要な物品を無償で提供している場所で、活気にあふれていました。医療機関に対する不信感を抱えている方々に対し、関係性を築きながら医学生が医療を行うという、双方にとって価値のあるWin-Winの関係が成り立っている点がとても素晴らしいと感じました。
バイタル班、トリアージ班、薬剤班など、役割が細かく分担されており、それぞれが専門性を発揮しながら連携して患者さんを診ているのが印象的でした。また、医学部1年生の学生が上級生にサポートしてもらいながら、問診・身体診察・上級医への症例報告までをスムーズに行っており、その姿に深く感銘を受けました。
【家庭医療】
木曜の午前中は、家庭医療の外来を見学しました。多くの患者さんが年に一度の健康診断という形で受診しており、がん検診や骨密度検査など、予防医療にも力を入れている様子がよく分かりました。また、糖尿病・高血圧・高脂血症といった生活習慣病を複数抱えている患者さんが多く、これらが社会全体の問題となっている現状を垣間見ることができました。
【精神科】
木曜日の午後は、精神科の外来を見学させていただく機会をいただきました。日本で精神科をローテーションした際には、少し重苦しい雰囲気や閉鎖的な印象を受けたこともありましたが、今回見学した外来は、温かい光が差し込み、絵画が飾られていて、院内でもトップレベルの美しさを感じました。患者さんとお話をする部屋にもソファーや椅子があり、くつろいだ雰囲気の中で話ができる環境が整えられていました。
今回見学したのはレジデントの外来で、初診の場合には1枠2時間が確保されており、前半はじっくりと患者さんのお話をうかがい、その後アテンディングのもとで症例提示を行い、最後はアテンディングも交えて今後の方針について話し合うという流れでした。今回は時間の都合で1症例のみの見学となりましたが、他の症例や再診の様子もぜひ見てみたいと感じました。
【小児科】
最終日は小児科の外来を見学しました。地域柄、Medicaidに加入されている患者さんが多く、Medicaidの場合にのみ支給されるネブライザーの機器があったり、ワクチンプログラムが設けられていたりと、ここでもアメリカの保険制度の複雑さを実感しました。Private保険の方が自分で加入する分、カバーされる範囲が広い印象はありましたが、一概にそうとも言い切れない現実もあるのだと気付かされました。
【修了式】
実習を終えて、Dr. Wayneから修了証をいただきました。精神科の感想を共有した際には、会話を中心とした診療を理解していたことを評価していただけて、思いがけずとても嬉しい時間となりました。その後、日本からいらしていた野口医学研究所の先生方から、アメリカでのキャリアについても詳しくお話を伺うことができ、大変貴重な学びとなりました。
【最後に】
あっという間の1週間でしたが、とても中身の濃い時間を過ごすことができました。今後、アメリカの他施設で家庭医療や精神科の見学を予定しているため、さらに知見を深めていきたいと考えています。今回の実習を通じて、自らの力で道を切り開くことの大切さを改めて実感しました。日本とアメリカの医療制度の違いはもちろん、働き方やキャリアパスの違いについても学ぶことができました。手厚いサポートと、頼もしい仲間に支えられながら、アメリカでの臨床実習の第一歩を踏み出せたことを心から嬉しく思います。ここでの学びを一過性のものとせず、今後も成長を続けていきたいと思います。
【番外編:観光・自由時間】
本プログラムの素晴らしいところは、同じ時期に留学に行く仲間たちと共に過ごせることだと思います。
土曜日は一日フリーだったので、バスを使ってニューヨークを日帰りで観光しました。自由の女神を見たり、タイムズスクエアを訪れたりと、テレビでよく見ていた光景を自分の目で見ることができ、とても嬉しかったです。
日曜日は午後の時間を使ってフィラデルフィア市内を観光しました。フィラデルフィアには、アメリカ史に名を刻む建物が数多くあり、独立記念館や自由の鐘などの有名スポットを巡りました。ご当地グルメのチーズステーキは、その美味しさに感動し、再び食べたくなる味でした。
水曜日の午後は、チケットを用意していただき、Mutter Museumを観光しました。解剖学や外科に興味がある方には強くおすすめできる、とても見応えのある場所でした。
それ以外の時間も、予定が空いている仲間たちと集まり、その日の感想を共有したり、キャリアについて考えたりと、有意義な時間を過ごすことができました。
【謝辞】
最後に、この度は貴重な研修機会をいただき、心より感謝申し上げます。特に、野口医学研究所の佐藤隆美先生、佐野潔先生、Stellora Sunyobi様、三宅香連様、本多愛美様には多大なご支援を賜り、感謝の気持ちでいっぱいです。
また、現地での実習中にご指導いただいたDr. Akiko Kawai、Dr. Jennifer Valentine、Dr. Megana Murugesh、Dr. Joseph Majdan、Dr. Peter Tomaselli、Dr. Christine Hsieh、Dr. David Ney、Dr. Hayato Unno、Dr. Wayne Bond Lau、Dr. Tomoki Sakata、そして現地でサポートしてくださったTJU Japan CenterのYumiko Radi様、Vincent Gleizer様にも深く感謝申し上げます。誠にありがとうございました。



