米国財団法人野口医学研究所

研修終了レポート(腫瘍内科)

医師塩野雅俊

2014年3月米国トーマス・ジェファーソン大学

今回、野口医学研究所の助成により米国トーマスジェファーソン大学腫瘍内科でのエクスターン研修の機会を頂いたので、以下に報告します。様々ながんの領域で合計10ものclinicでの研修の他、5つの施設見学、5つのカンファレンスに出席しました。私は日本の大学病院の腫瘍内科に所属して診療・教育・研究に従事し、多少なりとも本邦の腫瘍内科の現状を知っている立場にありましたので、今回、米国での腫瘍内科診療の実際がどのようなもので、日本におけるそれと何が違ったのかに関し、報告したいと思います。医学的知見のみでなく、雑多な私感を含みます事をご寛容下さい。

【専門性】

最近では日本の大学や市中病院でも腫瘍内科が創設され始め、腫瘍内科という単語を耳にする事が多くなったかと思いますが、それでも日本での認知度は低い状況です。手術の専門家が外科医、放射線治療の専門家が放射線治療医であるように、抗がん剤治療の専門家が腫瘍内科医です。基本的に腫瘍内科医はどの臓器の悪性腫瘍でも対応します。日本では白血病や悪性リンパ腫は血液内科医、肺がんは呼吸器内科/外科医、消化器がんは消化器内科/外科医、乳がんは乳腺外科医、というのが一般的でしょう。しかし欧米では白血病でも肺がんでも乳がんでも大腸がんでも全てMedical Oncologistが診ます。Medical Oncologist以外の医師が化学療法をする事はほぼ皆無に近いです(勿論施設によっては例外もあるようですが)。これは日本と大きく異なる事です。一方で、それぞれのDr.も専門性が高まってくると、造血器腫瘍、消化器がん、肺がん等、専門とする領域を持ちます。この事自体は日本でも似てはいますが、似て非なるものです。日本の場合、消化器疾患を中心に診療する消化器内科医から消化器がん治療を担う医師が、呼吸器疾患を中心に診療する呼吸器内科医から肺がん治療を担う医師が現れます。米国の場合は、消化器がんや肺がんや頭頚部がん等、一切のがんを診療する腫瘍内科医から、消化器がんを専門とするスペシャリストが現れる訳です。両者に大きな差異があるのは明らかです。どちらが良い悪いと言及するのは避けますが、肺がん治療とCOPD治療、大腸がん治療と炎症性腸疾患治療、肺がん治療と大腸がん治療、どの組み合わせに於いて共通する薬剤を用いる事が多く、どのような分け方が自然かは自明でしょう。

【病棟】

私見ながら、現在の日本の腫瘍内科病棟での入院患者は大きく三種類に分けられると思います。即ち、1. 入院でしかできない多剤併用抗がん剤治療目的の患者(Performance Status: PS=0-2)、2. 治療中の体調変化による緊急入院により、緩和医療と積極治療の狭間にいる患者(回復すれば抗がん剤治療に戻れるが、難しければBest Supportive Care: BSCに移行。抗がん剤治療の副作用であれば前者、病勢の進行であれば後者の事が多いと思います。PS=2-3)、3. 緩和医療(標準治療/積極治療終了後又は適応外、PS=3-4)です。時期によってその割合は変動しますが、トータルのベッド占有率で大雑把に分けるとそれぞれ大体三分の一ずつでしょうか?米国(今回私が見た病棟)では、入院患者はほぼ完全に1でした。たまに2の入院もあるとの事でしたが、3はまずないとの事でした。3はホームケアやホスピスが担っているとの事です。分業が進んでいる米国と日本との違いを認識しました。

我々、日本の腫瘍内科医が日常診療で最も悩むのは3のケースです。特に国立大学病院の独立行政法人化やDPCといった制度が導入されてからは、病床稼働率や平均在院日数等の経営上の数値の改善が求められるようになり(それ自体は悪い事ではないのですが)、腫瘍内科病床の本来の役割である1以外の入院患者にベッドを長期占有させる事が難しくなってきています。とはいえ緩和病床やホスピス、末期がん患者に対応可能な往診医数の絶対的な不足から、転院・退院を実現したくとも「受け皿の不足」から困難な事情もあり、3→看取りの過程を腫瘍内科病床で行なわざるを得ない事は少なくありません。米国の腫瘍内科病棟で「看取りがある」のはかなり例外的との事でした。これは日本と大きく異なり(語弊があるかもしれませんが)良いシステムだと思いました。なぜなら3が多くなればその分、1の入院が逼迫されてできなくなってしまうからです。勿論、3の方も具合が悪いから入院している訳で、どちらも必要なベッドである事に変わりはありませんが、1の治療に遅れが生じれば不利益が生じ、資源に限りがある以上は二兎を追う事は困難です。また、1と3とでは提供する医療・看護の質も当然異なってきます。3では疼痛を含む諸症状へのきめ細やかな対応やADL介助が求められる一方、1では副作用を最小限に抑える為の厳格な投薬管理や尿量・バイタル等の変動の速やかなチェックが求められます。このあたりはやはり餅は餅屋で、専門性に従って分業する方が患者・医療者双方にとって有益と思われます。

よく言われている事ですが、日本では一人の人間に割り当てられる(一人の人間が抱え込む)仕事量が多いのが現実です。例えばNurse PractitionerやPhysician’s assistantといった職種は日本になく、医師に求められている役割や負担が多い事は周知の事実です。多くの任務を遂行できる能力自体は良い事かもしれませんが、それによる疲弊が生じ、本来の業務が逼迫されてしまうようでは本末転倒といえます。

例えば脳出血に対して、手術には脳外科医、機能回復にはリハビリテーションの専門家がいて、治療の主体となる場所もICU、一般病床、リハビリ施設と、病気のPhaseに応じて分業・変化していくのは自然な事でしょう。それと同じでがんに関しても、a. 手術は外科医、b. 抗がん剤治療は腫瘍内科医、c. 緩和は緩和医療医、となるのが然るべき在り方かと考えられます。日本は慣習的にa→b→cの全てを外科医が担う時代が長く続いていましたが、腫瘍内科医や緩和医療医が中心となってa→bやb→cへの橋渡しをスムーズに行えるようなシステムを構築する事が、今後の超高齢化社会を向かえる日本の課題になっていくと思われ、米国の病棟ではそれが当たり前に実現されていると思いました。

【外来】

今回プログラムコーディネーターの方の多大なご尽力と多くの先生方の善意に支えられ、実に9名もの先生方の外来診療を拝見する事ができました。内容も多岐にわたり、Heme Malignancies, Lung, Head & Neck, GI, Breast, Regional cancer care, Palliative care, Geriatric Oncology etc.とバラエティに富んだ領域のがん診療を見る事ができました。その中の幾つかは「色々なoncologistについてみると良い経験になるだろうから、私の所にも来てみなよ」と、たまたま出たtumor boardや、外来ブースでのちょっとした雑談中に、有難いお誘いを頂いたからこそ実現したものでした。やはり歴史文化的な背景からか、アクティブに動く事を評価していっぱいチャンスを与え、懐が深く、教えるのが好きなところが米国の良いところだと実感しました。そしてそのようなお言葉を頂くと率直に「温かく歓迎して下さっている」と、嬉しく思う自分もいました。振り返ってみて、もし例えば自分が大学病院で、他国から見学者が来ている時に同じような言葉をかけられるかというと、過去の自分からするとなかなか難しく、できなかったのではないかと思います。特に日本人は自分の役割でない時には、我関せずとなる事が多いと思います。今後は訪問者に寛容にオープンな姿勢で、教える事に積極的にならなければならない、と、自戒の念を込めて思う次第でした。

個々の診療内容に関して思った事は、当然ではありますがきちんと標準治療を意識して、エビデンスに則った治療を展開しているという事です。この点は日本でも大体の腫瘍内科では同様かと思います。

一番大きく違うと感じたのは、実は患者さんに関してです。米国のがん患者さんは日本と比べて、自分に行なわれる医療にかなり気を配っており、医学知識を持っています。治療に関してわからない事があれば率直に納得するまで質問しますし、その選択に同意するかどうか、時間をかけて医師とdiscussionをします。勿論、最終的には医師のdecisionに同意するのですが、その同意に至るまでのやりとりが、日本と比べてかなり濃密です。例えば昔からあるよく知られた薬剤ならともかく、情報がそれほど多くないはずの(承認されたばかりの)新薬を処方する時ですら、「その薬の臨床試験のサイトは見たわ。○○(併存症)のある私に使って大丈夫なの?」と聞いてくるなどの光景が日常茶飯事だったのは、驚きでした。臨床試験という単語が患者さんから出てくる事や、その内容までフォローしているケースは日本ではほとんどありません。discussionが当然である国民性や、母国語が英語なので色々な情報にアクセスしやすい(日本の患者さんのアクセスソースは日本語の情報のみになるので、英語よりは限定的にならざるを得ない)、保険制度の違い(自分の意思で高い保険料を払っているか、国民皆保険制度の下で一律に徴収されているか)等の違いがあるとはいえ、刺激的でした。日本の患者さんは受動的に医師の決定に従う傾向があるかと思いますが、米国の患者さんは能動的に自分の治療に関わっている印象がありました。現代においてどちらが大切かは明らかかと思います。不動産屋で部屋を探す時に、業者に言われるがままに自分の住む部屋を決める人はいません。自分の希望を伝えて、疑問点は質問し、出される選択肢から妥当と思われる物を擦り合わせて決めるでしょう。どちらが正しいかは自明の事で、しかし日本の医師患者関係ではなぜか前者がほとんどである事が現実で、ここはやはり改善の余地があると思いました。

また少し話がそれますが、以前から「外科医が化学療法をするというのは、日本以外の国にとっては”外科医が放射線治療をする”というのと同等に信じられない事」だと聞いていたものの、実際に患者さんのリアクションを目の当たりにする事で「本当にそうだったのだ…」と、日本の状況の異質さを改めて感じた事がありました。即ち、外来でattendingが私を紹介する時に「彼の国ではアメリカと違って外科医が抗がん剤治療をするんだよ」と雑談ついでに患者さんに一言付け加える事があるのですが、そうすると100%の患者さんが、”Are you serious?” “Really?” “Oh my goodness!!”と異口同音に目を丸くして驚愕の表情をするのが(医師ではなく患者さんの反応なだけにストレートで)印象的でした。

【まとめ】

日米どちらの医療制度にも一長一短はあり、一概にどちらが優っているといえる性質のものではないのかもしれませんが、オープンな姿勢で、米国の優れている点を我が国は取り入れていくべきだと考えました。今回色々な見聞を広める機会を与えて下さった野口医学研究所の皆様、トーマスジェファーソン大学の皆様に心より厚く御礼申し上げます。日本のがん医療が最善のものになる事を願ってやみませんし、私自身、その為の一石となれるよう、改めて日々の精進を誓い、決意を新たにする貴重な体験となりました。