日米の医療の比較からの学び

【はじめに】
私は2025年3月21日から4月4日までの間の2週間、野口医学研究所が主催する、米国フィラデルフィアのThomas Jefferson University(TJU)で実習させていただきました。
2週間という限りある期間でしたが、個人の要望に沿った研修内容を組んでくださり、大変学びの多い濃密な時間を過ごすことができました。
私は幼少期にインターナショナルスクールに通っていたことも影響して、かねてより英語を活かして仕事をしたい気持ちがありました。医療において世界を率いているイメージが強い米国で医療がどのように行われているのを自身の目で見てみたいと思っていたところ本プログラムに参加する機会をいただきました。地域枠で大学に入学していることもあり、現在日本で新しい分野として人気のある総合診療と米国の家庭医療について関心を抱きながら、様々な経緯により外科にも関心を抱くようになり自身の関心の方向性が定まらない中での参加でしたが、広くいろいろな分野を見学できるプログラムを作っていただき、初めて米国の医療を体感することで「日本の医療と米国の医療を比較したい」という目的を達成することができました。
以下に本プログラムで経験した内容を具体例を含めて記載いたします。
【プログラム内容】
講義・カンファ;
Simulation class(全2回、Dr. Joseph Majdanより)
Emergency Medicine Residence conference(Toxicologyについて)
Schwartz center rounds (緩和ケアについて)
回診・病棟見学;
内科回診(全3回、午前中のみ)、感染症科午後回診
外科(一般外科予定→外傷外科見学)、Emergency Medicine(全3回)
外来見学;
家庭医療、消化器内科(外来内視鏡見学)、小児科、産婦人科、腫瘍内科、整形外科
学生ボランティア見学;
JeffHOPE(全2回)、Chinatown clinic
その他;
Mutter Museum
上記以外にも、野口医学研究所の佐藤隆美会長とその研究室の先生方との食事を企画してくださったり、地元チームPhilliesの野球観戦の機会までいただきました。様々なバックグラウンドを持って米国で活躍されている日本人の先生方の話を聞いたり、フィラデルフィアの文化を経験する機会をいただき、プログラム外でも大変思い出深い2週間となりました。
【学びたかったこととその答え】
総合診療と家庭医療の違い
総合診療に関心を抱くようになってから、日本における総合診療・家庭医の定義が曖昧であることや、地域によって総合診療の医療の質の違いを感じて、「総合診療とは何か」「アメリカの家庭医療との違いは何か」「日本での総合診療のあり方とはどのようなものか」「将来的に総合診療に従事するならばアメリカで家庭医療でresidencyをするべきか」など常に多くの疑問を抱いていました。それらの疑問を解決すべく、日本における総合診療と、アメリカの家庭医療(Family Medicine; 以下FM)と総合内科(General Intenal Medicine; 以下GIM)の比較をしました。
実習を通して、米国ではGIMでは内科回診がメインで入院患者を中心に診る、いわゆるHospitalistの役割を果たしているのに対して、FMは外来患者を中心に慢性疾患を抱える患者を長期的にみる役割を果たしている印象を受けました。
米国では、入院患者の基盤をGIMが築き、その上にコンサルト業務を行う循環器内科や消化器内科、感染症内科などの専門内科が存在しているイメージで、その入院の括りの外に外来業務として新たに入院が必要な人を見つけたり、退院後の患者のフォローをするFMが存在するという関係、つまりFM(外来)→GIM(入院)→専門内科(コンサルト)という流れが見えるのですが、
それに対して日本では、循環器内科や消化器内科が各病棟を持ち、主疾患以外の問題が多い患者が総合診療にコンサルトされるという、専門内科(入院)→総合診療(コンサルト+入院業務)という米国とは全く逆の関係が成り立っていることが多いように思いました。
米国ではきちんと家庭医療と総合内科の棲み分けがはっきりしていて、役割分担がしっかりなされていると感じたのに対し、日本では総合診療の役割がはっきりしていないために「生活背景、健康問題を含めていろいろな問題がある人」を診るという曖昧な立ち位置になっているのではないかと気がつきました。
今回の発見により、今まで違いがよくわかっていなかったFM、GIM、総合診療の違いが明確になり、将来日本で総合診療に従事することを考えるのであれば、FM/GIMを学ぶためにアメリカに臨床留学する選択肢を含めて、どのような人生設計をするべきか改めて考えるきっかけとなりました。
外科医の働き方
今回のプログラムでは一般外科の見学予定を組んでいただいたのですが、残念ながら担当の先生の休暇やカンファレンスの都合で一般外科の見学はできませんでした。
しかし、その代わりにTrauma Surgeryを見せていただくことができ、あいにくその日は小さなオペしかありませんでしたが、米国の外科の雰囲気を感じ取ることができ貴重な時間を過ごすことができました。
見学して感じたのは概ね外科領域は日本と変わらないということでした。使っている道具が同じであったり、音楽を流しながらオペをしていたり、医学生が手伝っていたり、共通点を見つけては日本と同じだ!と嬉しい気持ちになりました。ただ、違いとしては、外科医を含めてスタッフに女性が多いように感じたのと、オペ室内の雰囲気は日本に比べて明るいように感じました。
働き方や給料の違いが一番大きいのではないかと思っていたのですが、residentの間は日本の外科医のイメージ同様、とても忙しくしているようでした。しかし上級医になると給料がとても高くなり、生活面でもかなり充実するのではないかという印象を受けました。
しかし、そのあたりを比較するには時間が足りなかったので、今後の課題としてまた機会があれば見てみたいと考えています。
医学生・研修医のレベル(JeffHOPE / Chinatown Clinic / Residence conference)
今回、JeffHOPEやChina Town Clinic、Emergency Medicine Residence conference(毎週水曜午前に開かれるERの研修医のための勉強会)の見学を通して、米国の医学生・研修医は日本に比べて間違いなく優秀であると感じ、その理由をいくつか考えました。
一つ目はStep1を取ってから臨床実習に入っているということです。内科回診時の口頭試問でも薬の薬理学的なメカニズムについて知っていたり、病態生理を理解した上での疾患に対するマネジメントを考えてプレゼンしているように見えました。心電図を読めるかを聞かれれば所見をもれなく答えられる医学生・研修医のレベルにも驚きました。たとえばQT延長の鑑別をあげることができたり、薬物ごとのOver Dose時の心電図変化についてまで知っていて、とんでもない知識差を感じました。一見できて当然に思えますが、日本ではできていない人が多いように感じます。
二つ目に、JeffHOPE・Chinatown clinicでの実践経験が知識の定着につながっているということです。これらのクリニックでは保険がなくて医療費が払えない貧しい人たちに、学生ボランティアが中心となって無償で医療を提供しており、最低限の検査(血糖、血液、尿、妊娠反応、KOHなど)しかありません。しかし、限られた医療資源の中で医療を提供することは診断につながる問診スキルを身につける練習にもなりますし、バイタル・視診・聴診・触診などの基礎の身体診察スキルを固めることができる点で大変有用であると思いました。特にJeffHOPEではM1.M2の低学年とM3.M4 の高学年が縦割りにグループを作っており、低学年がhistory takingをする間、高学年がカルテを記載しながら足りない部分を補足して低学年にフィードバックするという仕組みが成り立っていて、低学年のうちに実践経験を積み、高学年で他人に教えることによって知識の定着を図ることができていると感じました。このような学生同士で教え合う風潮は大変素晴らしいし、学習する上でとても効果的であると感じたため、日本にも似たようなシステムがあればいいのにと羨ましくなりました。
三つ目は定期的な勉強会が開催されていることです。実習中に参加したEmergency Medicine Residence conferenceでは「Toxicologyについて」というテーマで複数人のresidentが発表していましたが、プレゼンのレベルが高いだけでなく、薬物中毒の病態生理を理解した上でそれを実践で活用する方法を紹介して、このような勉強会を週に一度行っていることが知識の底上げと定着につながっているように思いました。
最後に、学生が高い学費をローンを組んで返済しているということです。将来自分で返済しなければならないという責任感からか、勉強に対してのモチベーションや取り組む姿勢の強さが異なるように感じました。
どの点からも、自分と比べて圧倒的な知識量の差を感じ、医学生も研修医も日本の国家試験の勉強だけでは身につかないような知識をみんな持っているということに焦りを感じたとともに、自分も頑張ろうというとても良い刺激をもらいました。
【日本とアメリカの違い】
今回の実習を通して、私の中での一つのテーマは日本とアメリカの医療の違いを比較することでした。その視点から多くの発見があり、日本の医療を客観的に振り返ることができたのはとても良かったです。
外来見学にて
プログラム内容に記したように、今回の実習では大変多くの分野で外来を見学する機会をいただきました。その中で感じた日本との大きな違いは、一人一人の患者の診察にかける時間の差と、外来を担当する先生方の心の余裕、そして患者さんとの距離感の違いでした。日本は患者を診れば診るほど経済的に利益がある保険制度のためか、一人当たりにかける診察の時間は5分程度のこともあります。しかし、米国の外来は1人15分~30分は確保しており、特に精神科では5時間の枠が取られているというような話も伺いました。
このように、一人一人の診察時間が予約枠として決まっているため、予約を取ることができれば時間をかけて問診・診察してもらえるというのが素晴らしいと思いました。このようにたっぷりと一人当たりの時間をとっているため、先生方にもカルテ記載の余裕もあり、気持ちの焦りを感じることなく診察できる環境が患者コミュニケーションに大変良い影響を与えているように感じました。しかしこのような良い側面の反面、急に診てもらいたいときになかなか予約が取れないというのが問題点であると感じました。急を要する時であっても、2ヶ月待ちという状況になってしまうのは良くないなと感じて、日米両者のシステムに利点欠点があるように思いました。
患者さんとの距離感については、日本に比べてフランクで、必ず問診ではなく挨拶としてのHow are you? の声がけと握手をするところから始まるのが印象的でした。日本でも医師患者関係は対等であるとはいえ、過去に「お医者様」と呼ばれていた歴史的な側面もあり、無意識のうちに医師が主体の医療となってしまうことがあるし、患者さんも医師に遠慮することが多いように感じます。それに対してアメリカの患者さんたちは、見学してる私にYou are learning from my best doctor. と言ってたりして、医師と仲は良いけれど尊敬してる感じがあって外来の雰囲気が明るくてとても好きでした。
Medical Oncologyにて
日本は疾患ごとの化学療法専門の先生はあまりいません。例えば、肺がんの治療であれば呼吸器内科の先生と呼吸器外科の先生が協力しながら治療するのが通常だと思います。それに対してアメリカはMedical Oncologyの分野が発展していて、化学療法が必要ながん患者はすべてコンサルトされMedical Oncologyが診るという仕組みです。その中でも頭頸部癌の化学療法専門医や肺癌の化学療法専門医など臓器ごとに専門が分かれていて、かなり専門性が高いと感じました。腫瘍内科のresidencyはMedical OncologyとHematologyがセットになっていて、これもまた特殊だけれど化学療法のエキスパートを養成するという側面で理にかなっているように感じて大変面白いなと感じました。
また研究大国のアメリカでは、日本とは研究・治験のハードルの低さが全然違い、患者が参加できるClinical Trialが多いように感じました。医療従事者にとって研究が盛んに行われるメリットがあるのに加え、患者にとっても、「この治験がダメならば次の治験を試そう」といったことができるのが希望があって良いと感じました。
内科・産婦人科にて
米国の医療は保険制度の影響か、総じて入院期間が桁違いに短いです。内科回診を回っていても、週が変われば患者の顔ぶれがほぼ変わっているし、産婦人科の外来見学時に入院機関の質問をした際にも、出産の後でも問題なければ翌日退院が普通で、切迫早産リスクがあっても長く入院することはなく自宅安静の指示が普通だと聞いて驚きました。ただ、これは外来フォローをする仕組みがしっかりしていたり、訪問看護などでIV治療ができる専門職があることで、自宅でもIVでの薬物治療ができたりすることが大きく影響しているのではないかと思います。短期間で多くの患者を診ることができるメリットと、治療が完了していない状態で退院することのデメリットどちらもあるなと感じました。
日本では(近年外国人労働者が増えてきているものの)患者の大半が日本人であることに比べて、米国では患者層の人種の幅が広いのが大きな違いだと感じました。黒人だとSickle cell disease(鎌状赤血球症)を既往に持っていたり、白人だとメラノーマになりやすかったりなど、人種によってcommon diseaseが異なっているため、幅広い知識を持つ必要があり多様性に合わせた医療をする難しさを感じました。肌の色によって皮疹の見やすさも異なるため、黒人医師が黒人患者の皮疹の見分け方について研究していたりするという話を聞いて、とても興味深かったです。
先生方・医学生との交流を通して
米国ではundergraduateといって医学部に入る前に一般大学を卒業しているため、それぞれの医師によってbackgroundが異なるのが面白いと感じました。中には保険制度について勉強した人、心理学を勉強した人、人類学を勉強した人、分子生物学を勉強した人など本当に様々な背景を持っていて、高校から直接医学部に入る日本とは異なり、米国では医学以外の分野を勉強した強みを医療に活かすことができるのがとても面白いと感じたし、広い視野を持つことにつながっているように感じて素晴らしいなと感じました。
専門化・分業の側面より
専門分野にもよると思いますが、米国の医師はRadiologistの読影を読むだけで、画像をほとんど見ない印象を受けました。日本では読影レポートがあっても自分で画像をみる先生が多い中、米国ではRadiologistに絶大な信頼がおかれているという印象を受けました。こちらも仕事を効率化する上では大変理にかなっているなと感じましたが、読影ができなくなるのはややデメリットのようにも感じました。また、日本の医師は通常外来・入院業務を両方行いますが、米国では、診療科によっては同じ院内で働いている医師でも外来しか見ない先生もいれば入院しか見ない先生もいるというのがとても新鮮でした。分業が進みすぎると連携が取りづらくなるのではと思っていましたが、同じカルテシステム(Epic)を使っている病院であれば、患者の過去の医療情報を閲覧することができたり、同病院内では医療従事者同士でチャットをしたり、患者毎にグループを作成してグループ内で情報交換をすることができるようなカルテシステムが発展していることによって、このような連携が成り立っているのではないかと感じて、大変素晴らしいシステムだと感じました。
緩和ケアについて
米国では終末期の患者に対するサポートがすごく充実しているように思いました。外来棟の役割があるHonickman centerには、15階にがん患者専用のリラクゼーションスペースがあり、そこには自由に使えるコーヒーメーカーが設置されたオープンスペースや個室があり、music therapy、ヨガ、dog therapyなどが受けられる環境が整っていました。がん患者にとって、辛い化学療法を乗り越えなければならなかったり、毎回新たな検査結果を受け入れなければならなかったり、感情のコントロールが難しいことがあるのは容易に想像できます。そのような方々に患者同士で経験を共有し合う空間であったり、ときには心を落ち着けるための静かな空間が用意されていることはとても素敵だと感じました。またtherapistや臨床検査技士が緩和ケアについて経験を共有し合うSchwartz center rounds というzoom会議に参加し、日本ではまだあまり普及していないtherapistの役割がとても大きいように感じました。どうすれば本人が満足したと感じられる人生の最期を迎えられるかを一緒になって考え、そのサポートを最大限にしようという心意気に大変感銘を受けました。
【総括】
今回のプログラムを通して、インターネットで調べたり、人から伝え聞く情報とは異なり、実際の米国の臨床や医療システムについて自分で見て聞いて学ぶことができたことは大変貴重な機会となりました。
米国の医療を幅広く見てみたいと考えていた私にとって、2週間という短い期間で数多くの診療科を見学させていただけたのは大変贅沢な時間でした。また、現地の医学生と交流する機会が多くあったことで、日本に留まっているだけでは感じられない、米国の医学生とのレベルの差を感じ、今後彼らのようなレベルに到達できるよう日本に帰ってからも努力しなければならないと刺激をもらうことができました。
そして、何より日本の他大学の学生との交流ができたことは、本当に貴重な出会いでした。海外に集まる学生はアクティブな生徒が多く、同じ医学部生、同じ学年でも、それぞれやってきたことが全然違い、日本人メンバー同士で意見交換したり一緒に実習したことも、自分の視野を広げることにつながったと思います。
今回学んだこと、そして本実習での多くの人との出会いは、今後の医師としての人生にとって大きな糧になると思います。
【謝辞】
この度の実習にあたり、深いご支援を賜りました皆様に、心より御礼申し上げます。
まず、渡航前の準備から実習中、帰国に至るまで多大なるご配慮をいただきました、
野口医学研究所
佐藤隆美先生、佐野潔先生、Ms. Stellora、三宅香連様、本多愛美様
に、改めて感謝申し上げます。
また、充実した実習スケジュールをご用意くださった
Thomas Jefferson University Japan center
ラディ由美子様、Mr. Vincent Gleizer
大変勉強になる講義をしてくださった
Dr. Joseph Majdan
ERやChinatown clinicでの実習を受け入れをしてくださった
Dr. Wayne Bond Lau
その他見学時にお世話になった先生方、JeffHOPEで親切にしてくれた現地の医学生の皆さん、そして 1週間ともに過ごした日本の医学生のみんな、全ての関わってくださった方々に感謝しております。
本当にありがとうございました。




