2024年秋出発 野口医学研究所クリニカルクラークシップ研修レポート
はじめに
2024年の9月末に野口医学研究所の主催するクリニカルクラークシップに参加させていただきました、防衛医科大学校医学教育学部6年の藺牟田七緒と申します。
約1週間のトマスジェファソン大学での実習を通じて、貴重な経験を積むことが出来ましたので、このレポートで現地の魅力やプログラムの内容をあますことなくお伝えしたいと思います。ぜひ肩の力を抜いて気楽に読んでいただければと思います。
フィラデルフィアを知る/トマスジェファソン大学を知る
フィラデルフィアは全米で6番目の人口を誇る都市であり、アメリカ合衆国憲法の誕生地として歴史的な背景を持つ場所です。華やかさではNYに劣るかもしれませんが、自然が豊かで、文化的建造物も数多くあり、大変暮らしやすいところです。街は、一部治安の悪い地域(カムデンやケンジントン通りなど)もありますが、特にトマスジェファソン大学の位置するSouth 10&11th street、chetsnuts & walnuts street の周辺は大学街として賑わいをみせており、スクラブを来た手術もしくは回診終わりと思しき先生たちが路上店で昼食を購入している…という平和な風景が見られます。実際、我々も何度か先生方にランチやコーヒーに連れて行っていただきました。 地元の名物「チーズステーキ」は訪れる者にとって外せない一品であり、現地の方々からのおすすめを聞くことで、地元の文化にも触れることができました。
実習内容
【内科回診】
月曜日と火曜日の午前中いっぱいを使って、病棟での回診に参加させていただきました。私の所属するチームGreen4は、Attending(日本でいう指導医)1名、Senior Resident(日米で医学教育のシステムが異なるため一概には言えませんが概ね専門医程度)1名、Interns(初期研修医)2名で構成されており、他にも医学生が2人いるそうですが病欠中でした。同じ立場の学生がどれくらいやれるのか(!)見てみたいと思っていたので少し残念でした。回診中はSenior ResidentであるDr.Phoebeの後ろについて回り、先生の出生やルーツに関することから患者さんの小言、アメリカの医療についてまで、色々と教えていただけました。月曜日の朝は回診開始前に看護師チームから週末の病棟の状況の引き継ぎを受けており、病室前で研修医が患者プレゼンを行ってから患者さんを診察に行くシステム自体は日本とほとんど変わらないと思いました。
印象に残った患者さんとしては、horse tranquilizerの使いすぎによって左手全体が潰瘍化してしまい、オピオイド使用障害で入院しているのにも関わらずCTの撮影は頑なに拒否していた患者さんでしょうか。アメリカの社会構造の悪い部分を全部詰め込んだようなそんな患者さんでした。フィラデルフィアに行く限りは中毒の方は必ずお会いすることになるだろうと思っていましたが、実際にお会いするとやはり住環境などの社会的背景を考えさせられました。
【産婦人科外来】
野口医学研究所のクリニカルクラークシップ(CC)の1番の魅力は、個人の興味·希望に合わせて研修が組まれる点だと思います。
私は産婦人科医を志しているため、事前に研修要望書でその旨を伝えたところ、ありがたいことに午前中丸々を産婦人科外来見学にあてていただけました。日本でも産婦人科外来は半日見学させていただきましたが、忙しさは同じか、アメリカの方が少し余裕がある程度でした。医師の仕事と看護師の仕事、そして事務仕事や部屋の掃除に至るまでアメリカでは全てが細分化されて管理されており、各職種の負担が軽減されていることに気が付きました。効率化という点で日本も学ぶべきところがあると感じました。
私の経験した衝撃的な症例を紹介します。患者さんは30代の女性で、主訴は1週間前から続く茶色い帯下です。性交渉歴や出産歴、生理についての簡単な質問をした後、内診に移りました。クスコをかけてからスワブで検体を採取しようとすると何やら強烈な異臭が…。内診で異常がないか確認を始め、ほどなくすると先生の手の中にはタンポンが握られていました。細菌性膣炎を疑い顕微鏡で見たところClue cellを確認出来、すぐに診断がつけられたので患者さんは安心して帰っていきました。先生からは刺激の強い臭いがするからと言って顔をしかめてはいけない、そしてこちらの感情を悟られないようにすることが大切だと教わりました。表情管理をはじめとしたコミュニケーションスキルは患者さんとの信頼関係を築くためにやはり重要であると痛感しました。
【JeffHOPE】
アメリカにおいてホームレスは社会的に大きな問題のうちの一つです。JeffHOPEとはトマスジェファソン大学に通う医学生を主体とした、ホームレスの方やあるいは居住環境が不安定な人々のために医療や生活物資を提供する団体です。トマスジェファソン大学はいくつかのシェルターで支援を行っていますが、私は市街の中心から少し外れた地区のACTSシェルターと呼ばれる主に女性と子どもを対象とした施設にお邪魔させていただきました。
現地の医学部1年生が問診と身体診察をしている後ろをついて周り、4年生から指導を受けている様子を見学したり (Shadowing&Observing)、また、自分自身で考えたうえで、問診でこの患者さんにならこう言った質問も必要かもしれないと感じたことを尋ねたりさせていただきました。Acuteな疾患はほとんどありませんでしたが、日常的に困っていることがないか丁寧に聴取し、身体的のみならず精神的、社会的に治療しようという姿勢やholisticな診療は見習わなければいけないと感じました。
また、この機会が医学生の学びの場としても活用されており、早いうちから上級生の監督下で臨床を経験出来るのはとても良いことだと思いました。
偶然か分かりませんが、病院でもJeffHOPEでも医師サイドに白人が多く、患者サイドや看護師·筆記係には黒人が多く、明らかに偏りがあり強い違和感を覚えました。やはりそれぞれの国で顔を背けてはいけない課題があるのだと思います。
【その他】
他にも小児科、家庭医学、救急外来の見学、Mutter博物館へのExcursion、Dr.Majdanによる心音と問診の講義など素敵な経験ばかりでしたのでそれぞれについて触れさせていただきます。
小児の外来では新生児のバビンスキー反射やワクチン接種見学の他、オンライン通訳を介した診察を見学出来ました。自大学においてベトナム語表記の診断書で悪戦苦闘する現場に立ち会ったことがあったので、診療以外のことについてストレスフリーな職場が一刻も早く日本でも実現されてほしいと思いました。また、家庭医学ではアメリカの保険について詳細に伺うことができ、1年に一度75歳以降の保険加入者は定期検診を受けられるという話でしたので、高齢者や社会的弱者に対する社会保障制度もある程度充実しており、決して全く措置がないわけではないのだと感じました。救急では、腹部に被弾し神経因性膀胱となった若者にカテーテルを処方するという非常にアメリカらしいフォローアップもみられました。Mutter museumでは、天然痘ワクチンや鉄の肺(Iron Lung)、巨人症/小人症の方の骨格標本など、医学生が喜びそうな展示が山ほどあり必見でしたし、Dr.Maydanの授業では医療面接を模擬患者さん相手に英語で実技でき、医者としてどう患者さんに接すればよいかという医療の原点に立ち返る金言をたくさん頂きました。
本当にどのカリキュラムをとっても、アメリカでの臨床医学の解像度を高めてくれるものばかりでした。
おわりに
一週間という短い期間ではありましたが、その中でも値千金の学びがあり、一日の中ですら自分の成長を感じられ、それと同時に自分の未熟な部分を突き付けられハッとしました。
特にコミュニケーションについて、患者さんと接する際に自信がないからといって不安そうな表情をしてしまうのは避けなければと思いましたし、声色などにも気を使って患者さんにきちんと自分の考えを届けないといけないとも思いました。
他にも医学英語や知識について、まずはUSMLE Step1取得がアメリカ進出には必須であることが研修を経てより明確になりました。実際にはいくつもアメリカで働くルートはあるのですがチャンスを掴むには免許があるに越したことはないと考えます。将来どんな形·タイミングであれアメリカで働くという目標も出来ましたので、今回の研修を足掛かりに英語での医学知識習得に励みたいと思います。
また、英語力について、今回一緒に留学した仲間から、いつからでもどこにいても自分次第で語学力は伸ばせることを教わりました。周囲のスピーキング力やリスニング力の高さ、紡ぎだされる言葉の内容の深さに心底感動しました。今まで言い訳多く、医学や別の事柄を理由に、理想ほど英語に触れられていなかった自分が恥ずかしくなりましたので、これを教訓にこれから日々の中で少しでも英語に触れる機会を増やしていきたいと思いました。英語だけでなく、他の言語の習得(中国語、韓国語、ポルトガル語)も意欲的に進めていきたいです。
謝辞
最後になりますが、この臨床留学を実現するにあたりたくさんの方にお世話になりましたので、この場をお借りして皆様にお礼申し上げたいと思います。
渡米前より書類作成等の手続きを進めてくださった医学交流担当の木暮様、医学教育&交流室の中西様、掛橋様、香月様、防衛医科大学校指導官室の杉原2佐。濃密な実習スケジュールをマネジメントして下さったJapan CenterのVincent様、Radi様。臨床実習中にご指導を賜りましたDr. Chun、Dr. Wickersham、Dr. Mercier、Dr. Majdan、Dr. Lau、Dr. Diaz、Dr. Unno、Dr. Sakata、Dr. Hsieh、Dr. Kawai、Dr. Adachi、Dr. Sato、Dr. Terai、Dr. Pohl、JeffHOPEでお会いした現地医学生の皆様、留学を支援してくださった野口医学研究所の堤様、梅村様、森野様、Mr. Kenney、スタッフの皆様、誠にありがとうございました。そして研修を一味も二味も違うものにしてくれた秋出発の仲間たち(あさちゃん、じゅんくん、俊くん、美優)にも感謝の意を表したいです。本当にありがとうございました。