管理栄養士海外研修レポート
この度、野口医学研究所のご支援を賜り、米国ペンシルベニア州、フィラデルフィアに て管理栄養士研修の機会を得ることができました。
1週間という短い期間でしたが、日本の管理栄養士とは違う米国登録栄養士(Registered Dietitian:以下、RD)について様々なことを学ぶことができました。その研修内容について、 下記の通りご報告致します。
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1.Orientation at Office of International Affairs
Assistant Vice President である Ms. Bogen によるオリエンテーションを受けた。トーマスジ
ェファーソン大学(Thomas Jefferson University:以下、TJU)、トーマスジェファーソン大学 病院(Thomas Jefferson University Hospital:以下、TJUH)の概要、ID作成の方法などにつ いて説明を受けた。ここでは、TJU と TJUH の概要について記述する。
TJU について
1824 年に創設された全米第 2 位の規模を誇る私立の医療系大学であり、Jefferson Medical
College, Jefferson Graduate School of Biomedical Sciences(大学院), Jefferson School of Health Professions, Jefferson School of Nursing, Jefferson School of Pharmacy, Jefferson School of Population Health の6つの学校(学部)から成る。
TJUH について
ベッド数 969 床、800 人の医療スタッフ、2,700 人の看護師など、8,000 人以上の職員を擁
する大規模な病院である。
また、Center for Translational Medicine, Daniel Baugh Institute for Genomics/Computational
Biology, The Delaware Health Science Alliance, Farber Institute for Neuroscience, Kimmel Cancer Center –NCI designated, Jefferson Coordinating Center for Clinical Research, Jefferson Vaccine Center の7つの研究機関を持つ。
2.Simulation Center at TJU
Mr. Paneaの案内により、TJUのシュミレーションセンターを見学させてもらった。シュ ミレーションセンターは6階建ての建物の3~6階を占めており、様々な職種に対応した 実習部屋がある。
具体的には、薬学部生のための調剤室や模擬薬局、実技観察用のモニタールームなどが ある。また、住宅看護の実習部屋(キッチン、ベッド、バス、トイレなどが設置してある) や、模擬手術室、様々なタイプのシュミレーション用の人形(成人、子ども、幼児)が設 置されている。これらの部屋は、主に医学部生、薬学部生、作業療法士や理学療法士を目 指す学生が使用する。また、学生のみならず、病院で働く医師や薬剤師、看護師、作業療 法士、理学療法士なども使用できる。そして、ほとんどの部屋にカメラとモニタールーム があり、実際に実習や試験などで使用した際にはその様子を録画し、自らその様子を振り 返ることができたり、教員から指導を受けることができる。
米国の医学部では、小規模の大学を除くほとんどの大学にシュミレーションセンターが あるそうだ。日本ではこのような施設について聞いたことがなかったため、米国の教育環 境のレベルの高さに驚いた。学生のうちから実践的な教育が受けられることを羨ましく思 うと同時に、日本の管理栄養士養成大学においても様々な状況に応じた栄養教育のシュミ レーションができる環境があったらどんなに良いだろうと思った。
3.Hospital Tour at TJUH
Ms.Radi の案内により、TJUH を見学させてもらった。救急外来や病棟は中に入ることはで きなかったため、入り口から少しだけ様子を見ることができた。また、院内の食事処や売 店なども見学した。
特に印象的だったのは、ホールの壁に掲示されていた「Jefferson All Star」であった。こ れは、病院の職員で何か良いこと(仕事以外でも)をした人が上司に推薦され、その中で
選ばれた人が病院から表彰(掲示)される取り組みである。毎月、20 人程度の職員が選ば れる。例えば、掲示されていたある男性看護師は、大雪の日 に、家に帰れない人にタクシー代を渡したという。このこと
が評価されて Jefferson All Star に選ばれていた。このように、 他人に対して何か役立つことをした職員を評価する環境は 素晴らしいと感じた。この取り組みがあることで日常生活や 仕事に対する意識やモチベーションが上がり、周囲も刺激を 受け、職場全体が良い雰囲気になるのではないかと思う。
4.Drexel University RD program
TJU には RD 養成課程がないため、同じフィラデルフィア市内にあるドレクセル大学に て、Didactic Program of Dietetics の Instructor と Director である Ms. Leonberg に RD 養成課程 についてお話を伺う機会を得た。
米国の RD は日本の管理栄養士に該当するが、その教育課程は大きく異なる。
まず、日本の管理栄養士養成課程は、大学又は専門学校で 4 年間かけて必修単位を取り 終えると(4 週間の臨地実習も含まれる)管理栄養士の国家試験の受験資格を得る。また、 栄養士養成課程の短大又は専門学校を出て栄養士免許を持つ者も規定年数の実務経験を積 めば管理栄養士国家試験の受験資格を得ることができる。例えば、2 年制、3 年制、4 年制 の栄養士養成課程の短期大学や専門学校を卒業した者は、それぞれ 3 年、2 年、1 年間の栄 養士としての実務経験が必要である。そして、国家試験に合格すると、管理栄養士免許を 取得することができる。
一方、米国は、4 年間かけて必修単位を取り終えるとインターンシップを受ける資格を得 ることができる。このインターンシップとは、RD 養成課程における臨地実習のことで、1200 時間以上(8~12 ヶ月、平均 9 ヶ月)が義務づけられている。つまり、大学 4 年間に加えて 約 1 年間の計 5 年間、教育を受けることとなる。しかし、このインターンシップは全員が 希望通りの実習先に通ることわけでなく、学生が希望する実習先に提出する書類と実習先 の採用基準を満たすかを判断するマッチングに合格後、希望するインターンシップを受け ることができる。ドレクセル大学では、希望通りにいく学生は約半数であるという。そこ で、ドレクセル大学では Individualized Supervised Practice Pathways (ISPP)を立ち上げたそう だ。これは全米初の試みの学校側がインターンシップ先を探してくれる制度で、この制度 で残り半数の学生の実習先を探すという。
そして、約 1 年間のインターンシップを経て試験に合格するといよいよ RD となるわけだ が、ここで日本の管理栄養士制度と大きく異なる点がある。日本は管理栄養士国家試験に 合格すれば免許は失われないが、米国の RD は 5 年ごとの更新が義務づけられている。これ は生涯学習のようなもので、5 年間で 75 単位を取得しなければならない。
このように、日本と米国を比べると、実習時間や免許取得後の体制に大きな差があるこ とがわかる。米国は実習時間が長いことでより実践的な教育を受けることができ、免許更 新制であるため、生涯勉強し続ける環境にある。RD 全体の質の向上にもつながる素晴らし い養成制度だと思う。
Ms. Leonberg のお話より、西欧の RD も米国と同じくらい先進的だと知った。調べてみる と、日本と諸外国の栄養専門職養成課程における臨地実習の比較をしている報告がいくつ かあり、日本の管理栄養士養成課程の臨地実習の時間数が他国と比べて極端に少ないこと が指摘されている 1~3)。例えば、日本は 4 週間程度(最低 180 時間)であるのに対して、米 国は約 24-96 週間(最低 1,200 時間)、イギリスは 28 週間(約 1,040 時間)、フランスは 20 週間(約 1,015-1,305 時間)、ドイツは 39 週間(約 1,400 時間)である 1)。少なくとも、日本 より 5 倍以上の期間、実践的な教育を受けていることとなる。このままでは、日本の管理 栄養士と米国をはじめとする諸外国の栄養専門職とのレベルがますます広がることが懸念 され、実習時間数の拡大など何かしらの対応策を講じる必要性を感じた。
また、ドレクセル大学では大学生と一緒に講義も受講させてもらった。講義名は Food Systems Management と、Lifespan Nutrition の 2 コマで、日本の給食経営管理論と応用栄養学 に該当する科目である。自分が学生時代に受けた講義と同じような内容であったが、明ら かに違ったのは、講義中の様子である。米国の学生はとにかく積極的だった。教員が「何 か質問はありますか?」と尋ねると、必ず手が挙がる。それどころか、教員が話をしてい る最中でも何か疑問があれば学生がその場で聞き、ディスカッションが繰り広げられてい た。日本では見慣れない光景で最初は驚いたが、疑問に思ったことをすぐ解決でき、一緒 に講義を受けている他の学生も理解を深めることができるため、効果的な方法であると感 じた。また、教員も含めて全員がコーヒーを飲みながらの講義の様子は見ていてとても新 鮮だった。
5.Class in Type2 Diabetes at TJUH department of Endocrinology
RDのMs. Marcoによる、2型糖尿病の外来患者を対象とした集団指導を見学させてもら
った。米国では、同じ病院であっても入院患者と外来患者の栄養管理は全く別の業務とさ
4)
れており、それぞれ別の RD が業務を担当しているため 、Ms. Marco は外来患者専門の RD
ということになる。
参加者は男性 1 人、女性 11 人の計 12 人であった。点呼をとった後、数種類の資料を配
布し、ホワイトボードに板書しながら説明が始まった。テーマは「炭水化物と血糖の管理」 であった。まず、食べたものが細胞内に取り込まれるメカニズムの説明がされた後、配布 資料を用いて炭水化物が多く含まれている食品について話があった。資料には、炭水化物 が少ない食品についての具体的な説明や、「野菜には炭水化物があまり含まれていないから 沢山食べましょう」というメッセージが記載されていた。
次に、Casserole という料理を朝食に勧めていた。材料は、少量の全粒粉パン、卵、大豆 ソーセージ、低脂肪乳、低脂肪チーズであり、これをベースにオ リジナルで野菜なども加えて、全部混ぜ合わせて蒸し焼きにする ものだった。炭水化物と脂質の量は抑えるが、たんぱく質量は確
保される料理である。 最後に、実際のアイスクリームのパッケージを用いて、お菓子
の選択方法や成分表示の見方について説明があった。なるべく低 脂肪のお菓子を選択すること、成分表示は必ず炭水化物と脂質は 見なければならないという内容だった。全体的に、RD が対象者に 質問を投げかけながら話を進めていく様子が印象的だった。
6.TJUH, Rothman Institute Wellness Program
《Ms. Marco と》
Rothman Institute Wellness Programとは、医学における科学的根拠に基づいた独自の体重 管理プログラムである。それについて RD の Ms. Bender よりお話を伺った。
参加者は、肥満、2 型糖尿病、高血圧、高コレステロール血症など、主に体重減量が必要 な生活習慣病罹患者である。プログラムの流れとしては、まず、初回に健康状態について 尋ねた質問紙(質問紙の項目は、自分と家族の既往歴、職歴、喫煙や飲酒の習慣、体重変 動、食習慣、身体活動から成り、A4 用紙 8 ページ分である)と、3 日分(平日 2 日、休日 1 日)の食事記録を提出してもらう。この食事記録は細かく指示が出されており、食べたも のやサービングサイズだけでなく、食べた時間、Hunger Scale を使用した空腹状況、食事し
た場所まで記入しなければならない。これらの情報をふまえて、2 回目以降、個々に適した 栄養指導を行っていく。
栄養指導では、患者さんの心理的な面まで注意を払っていることを教えてもらった。患 者さんは、どんな食べ物が体に良いのかは知っている。それなのになぜ体に悪いものを食 べ過ぎてしまうのか、その理由を会話の中から見つけることが大切なのだという。また、 興味深かったのは、アプリを使った取り組みである。現代の Face book のようなもので、患者と RD は友人
となっている。患者が毎日の食事状 況や運動状況をアップデートし、 RD がチェックする。人から毎日見 られていることで健康的な生活を 意識し、効果的な結果が得られるこ とが期待されている。
7.TJUH Clinical RD
《栄養指導で用いるフードモデル》
《Ms. Bender と》
TJUH Clinical RD であり主に入院患者の栄養管理業務を行っている Ms. Sue Emery より、 仕事内容についてお話を伺った。米国では、先述した通り、入院患者と外来患者の栄養管 理は別の業務であり、担当する RD もそれぞれ違う。また、低リスク入院患者の栄養管理を 行う登録栄養技師(dietetic technician registered)という職種があるため、入院患者専門の RD は高リスクの患者のみを担当する 4)。Ms. Sue Emery は、MICU(集中治療室)、CVICU(心 臓血管集中治療室)、SICU(外科集中治療室)、ICN(集中治療保育室)、NICU(神経集中治 療室)を毎日 2~3 時間かけてチームで回診しているという。この“チーム”のメンバーは、 主治医を筆頭に、研修医を終えた医師、研修医、医学生、薬剤師、看護師、ソーシャルワ ーカー、そして RD より構成されている。対象としている疾患も、肥満、糖尿病性腎症、肝 疾患、肺疾患、がんと幅広い。
また、近年米国では、FODMAP dietがとても人気だとい う。これは、炭水化物(特に精製されたもの)の過剰摂取に よって便秘やお腹が張ることで過敏性腸症候群(IBS)やセ リアック症になった患者を対象に行われる食事療法である。 FODMAP の 正 式 名 称 は 「 Fermentable, Oligo-, Di-, Mono-saccaharides and Polyols(発酵性のオリゴ糖、2 糖類、単糖類、ポリオール)」で、発酵性のある炭水化物が IBS の原因の可能性があるという考え に基づき、IBS の原因を探っていく方法である。日本では聞き慣れない食事療法だが、アメ リカやオーストラリアではこの方法を実践する人が増えており、近年欧米を中心に実践と 研究が進んでいる 5)。
8.最後に
フィラデルフィアという歴史ある土地で、米国の RD の先進的で実践的な教育や仕事内容 について学べたことは、私にとって掛け替えのない財産となった。今回インタビューさせ ていただいた RD は全員が生き生きと仕事に取り組んでおられ、とても温かい方々だった。
2 人の RD に仕事のやりがいを聞いたところ、患者さんと話すことや、自分の栄養教育に よって患者さんの状態が改善したときにやりがいを感じると答えてくださった。私は4月 から大学病院で管理栄養士として勤務することが決まっている。そのやりがいを楽しみに、 こらから始まる日々の業務を頑張っていきたい。
今回の研修を通して、食べ物と身体の関係の奥深さを改めて感じた。食事は、1日 3 回 という頻度の高い生活行動であり、生活の楽しみでもある。それに関わる専門職であるこ とに誇りを持ち、今回の研修で学んだことを活かして、さらなる研鑽を積み、食と栄養を 通して人々の幸福と健康に寄与できたらと思う。
Acknowledgment
この海外研修プログラムに関わってくださったすべての方々に深く感謝申し上げます。 また、今回の研修プログラム参加にあたり推薦してくださった女子栄養大学、温かく送り 出してくださった熊本県立大学白土英樹教授、そして、このような貴重な機会を与えてく ださった浅野嘉久名誉理事、J. Michael Kenney 様、木暮貴子様をはじめ、野口医学研究所の 皆様に心より御礼申し上げます。
Reference
1) 笠岡(坪山)宜代,桑木泰子,瀧沢あす香ほか:諸外国における栄養士養成のための臨
地・校外実習の現状に関する調査研究,日本栄養士会雑誌,54,556-565 (2011)
2) 鈴木道子,片山一男:諸外国の栄養専門職養成システムと日本の位置づけ,栄養学雑誌,
70,262-273 (2012)
3) 小松龍史:管理栄養士養成における臨地実習–わが国の現状は国際基準に近づくことがで
きるのか,日本栄養士会雑誌,53,235-236 (2010)
4) 曽根あずさ:米国における臨地実習の実際,日本栄養士会雑誌,53,237-239 (2010)
5) 一政晶子:新しい IBS の食事法「FODMAP 食事法」,http://allabout.co.jp/gm/gc/416571/,
(アクセス2014年3月13日)