クリニカルクラークシッププログラム研修レポート
1日目:トマス・ジェファソン大学の医学生と対話し、日本と米国では、医学生の勉強方法も異なることを知った。日本の医学生は、国家試験をゴールとしたカリキュラムが組まれており、それに従って勉強をするスタイルである。しかし、米国の場合、大学の授業はUSMLE Step1とは別であるという認識であった。米国の医療システムの講義では、米国の高額な医療費の原因とそれに対しての解決策を学んだ。まず、高額な医療費の原因は主に潤沢なスッタフ数、人件費、将来の医療従事者への教育費、薬剤費、煩雑な医療制度、訴訟対策金などがあることが挙げられる。それに対して、病院の集約化及び退院日数の削減、日本でいう医師業務であるものを他の医療従事者への振り分け、各検査に特化した専門スタッフを設けることで節約を図っているそうだ。公的医療保険制度が手薄であるため、民間保険に頼らざるを得なくなり、保険会社が各々の診察内容や医療機関の選択範囲を決めており、それが医療費に大きく関わることを理解した。ペンシルベニア大学病院のツアーで、円形手術室の椅子に座った際、当時は男性のみが麻酔・感染対策なしの状態で行われる四肢切断を見学していたのかと思うと医学の発展を肌で感じる事が出来た。
2日目:Internal Medicineでのチーム回診に参加した。日本でいう総合診療科のような複数の診療科の疾患を持つ患者さんを診ている科であった。回診のスタイル自体は日本と同じだが、内科である事もあり、一つのプレゼンが約5分あった。自大学では、回診時のプレゼンは1分でまとめるように指導を受けていたので、驚いた。特に印象に残った患者は2人いた。1人は眼窩周囲蜂窩織炎の患者で、抗菌薬で治療開始したところ、薬疹が発現した症例であった。蜂窩織炎はクモによる咬傷による感染が原因と考えられた。薬疹は麻疹様発疹(morbilliform rash)と表現されていた。アモキシリン, バンコマイシンに対しての薬疹で、レッドマン症候群と診断されていた。この病態は、アレルギーとは異なる機序で起こるヒスタミン遊離なので、アレルギーとは別扱いになっている事を学んだ。もう1人は地下鉄の駅で発見された年齢, 既往歴不明の男性の症例だ。発見時にナロキソンが投与され、針穴瞳孔で救急外来に搬送された。尿中薬物スクリーニングではコカイン、ベンゾジアゼピン、大麻が陽性であり、離脱症状の予防がプロブレムリストに挙がっていた。また、CT検査では盲腸内に2cm程度の金属が確認され、破傷風ワクチン接種後、手術で硬貨2枚が摘出されたとの記載がカルテにあった。いずれの症例も今までの実習で見た事のなかったものであった。多分野の疾患を英語で把握するのが大変だったが、良いリスニングのトレーニングになった。午後はMütter Museumを訪れた。解剖学で使用されるような標本から稀少な疾患のものまで展示されていた。特に進行性骨化性線維異形成症(FOP)患者の骨格は以前聴講した話を思い出させた。FOPはALK2の遺伝子異常が原因だが、治療法は現在ない。その遺伝子異常が患者で判明した場合、その複雑な現実について、よく整理して言語化することは容易なことではないと考える。一人の人間として患者さんと向き合い、患者さんの生活・人生をサポート出来るよう努めていきたいと思った。
3日目:午前は前日と同様に内科回診に参加させて頂いた。午後はHarveyと呼ばれるシミュレーターを用いた実技を兼ねたクルズスをジョセフ・マイダン先生から受けた。傍胸骨拍動を触れたり、Ⅲ音とⅣ音を個人の聴診器デバイスで聴いたりした。Ⅲ音はⅡ音が濁る様な「トドッ」、Ⅳ音はⅠ音が濁る様な「ドット」とⅢ音とⅣ音の違いが明確に聴けるようになった。また、私が受けたOSCEでは4領域を聴診する際は心基部からでも心尖部から始めても良かったが、マイダン先生のinching approach では、最初に胸骨左縁下部で心音の全体像を掴み、次に第2肋間胸骨右縁、第2 肋間胸骨左縁へとinch(少し動か) し、第4・5肋間胸骨左縁から第5肋間鎖骨中線の心尖部を聴診するようにと教わった。また心雑音の鑑別では、心雑音が胸骨角を目安に横に引いたImaginary lineを基にどこで聴取されるのかがポイントであった。収縮期雑音の場合、Imaginary lineよりも上であれば、大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症、大動脈硬化症、肺動脈弁狭窄症などの狭窄疾患、逆に下であれば僧帽弁閉鎖不全症や三尖弁閉鎖不全症などの逆流性雑音であると簡潔にまとめられていて分かりやすかったので、今後の聴診で参考にしていきたい。
4日目:午前に救急のレジデント向けの勉強会に参加させて頂いた。脱臼、コンパートメント症候群、横紋筋融解症などがテーマであった。脱臼の発表では実際に徒手整復術の手順をお互いに試した。肩関節前方脱臼に対してtraction countertraction(牽引–対抗牽引法)という手技では患側の腋窩に三角巾を通し、固定させ、別の人が患肢を45°外下方へ牽引させる。施術者が2人必要な手技だが、やり易そうだと感じた。昼食時に医療従事者の働き方支援についてのzoom会議を聞いた。会議に参加していた方々は、自身の辛かった経験をどう乗り越えたのかをお互いに共有し、今後の課題を議論されていた。日本では、今年度から医師の働き方改革の新制度が施行され、労働時間や業務内容の改善が見込まれる。さらに、この会議の様な悩みを打ち明け、誰かに共有出来る場が設けられれば、医師の身体的にも精神的にも健康を保ち続けられ、患者が安心して質の高い医療を今後も受け続けられるのではないかと考える。午後は、マイダン先生の医療面接のクルズスであった。実際に模擬患者に問診を取った。初めての英語での医療面接でとても緊張した。医学部4年時のOSCEでは、とにかく必須事項を確実に聞いていくものだったが、今回は臨床推論をしながら、問診を取るようにご指導頂いた。今年受ける卒前OSCEの練習にもなった。また、英語での表現方法も非常に参考になった。例えば、女性に妊娠の可能性を聞く際にはʻIs there any possibility that you are pregnant?’と聞いたり、共感的理解を示すのにʻI am sorry this happened to you.’と言うのが自然だと教わった。また、ユダヤ教信者は安息日にはPCAポンプのボタンを押さない事があったり、患者の名前の呼び方を聞いたり、多種多様な文化的背景を持つ人々が多くいる米国ならではの配慮も学んだ。放課後は医学生と女性シェルターでのJeffHOPEに参加させて頂いた。プライマリケアを受けられない方たちがJeffHOPEを訪れるため、JeffHOPEはプライマリケアまでの架け橋として機能していると伺った。女性シェルターの相談スペースでは、医学生が医療機関受診についてアンケートを取っており、受診しない理由として、交通アクセスが悪い事や医療費の負担などを挙げられていた。簡易的な診察室では、四肢の感覚鈍麻を主訴とした40代女性のAIDS患者を医学生が診ていた。その患者は最近家に住めるようになったものの、4人の子供の1人が加害者として裁判所に通っていると話されていた。るい痩も顕著で、非常に苦労されている事が伝わってきた。医学生が医療を受けられない人々がいる現状を知り、その課題をJeffHOPEという形で取り組んでいる姿を見て、私も見習いたいと強く感じた。
5日目:午前中は小児外来を見学させて頂いた。乳児健診時に血中鉛濃度を測定していたので驚いた。その理由は、1970 年より前に建てられた多くの住宅には、何らかの形の鉛塗料が使用されているためだからと教えて頂いた。低出生体重児で出生した女子高校生(米国は21歳まで小児科であるため)の定期検診では、一通りの身体診察が終わった後に、母親を退室させてから、家庭内や学校で悩んでいる事、性的指向、避妊注射(デポプロベラ)を使用した理由などセンシティブな内容を丁寧に聴いているのが印象的であった。また、夜間に救急外来を見学した。ストレッチャーのまま処置室待ちをされている患者が10人、さらに外来受付では20人ほど待っており、施設の大きさに対してそれ以上の患者がいる印象であった。さらに、手錠をかけられた患者や銃で撃たれた患者が運ばれてきたりと非常に緊迫感のある現場であった。大腿静脈カテーテル挿入の見学中、滅菌ガーゼを持っていったり、処置台の移動など少し頼まれたりもした。
最終日:午前中は、Methodist Hospitalという地域病院の救急を見学した。誤飲、前腕殴打、肩脱臼、腫瘍随伴症候群などの症例があった。洗剤を誤飲した患者の家族から何の洗剤を誤飲したのかを聞くのに、最初英語が通じなかったため、先生が直ぐにスペイン語で聞き直していた。私もスペイン語を話す患者にも対応出来るように、時間が出来たらスペイン語ももう一度学びたいと思った。前腕殴打の患者には、尺骨骨折の診断がついた。尺骨骨折は別名Nightstick fracture と呼ばれていて、それは警察官に警棒で叩かれそうになった時に顔の前に前腕を保持する防御姿勢を取って、叩かれた側である尺骨のみが骨折するのが由来だとお話ししてくだる時間もあった。夕食では、米国でご活躍されている野口医学研究所の先生方のキャリアパスを拝聴し、今後のキャリアも考える良い機会となった。本プログラムで回診や外来見学、クルズス、課外活動と1週間で多くの事を経験させて頂き、フィラデルフィアの医療及びコミュニティ知ることが出来た。米国の臨床現場に慣れ、医学英語と診察スキルを磨けた。本プログラムの医学留学研修生に選ばれたことを心より感謝申し上げたい。野口医学研究所の皆様の寛大なご支援のおかげで、医学生として視野を広げ、新しい医療体制や文化に浸る貴重な機会をいただけた。この経験を最大限に活かし、今後医師として、国際社会に積極的に貢献していきたい。
*週末は、昨年、自大学の留学プログラムでお世話になったジョンズホプキンス大学で先生方と再会した。
謝辞
クリニカルクラークシッププログラムにあたり、本プログラムを提供してくださった米国財団法人野口医学研究所理事長・佐野潔先生をはじめ、浅野嘉久先生、佐藤隆美先⽣、⽊暮貴⼦様、中西真悠様、掛橋典子様に深く感謝します。
トマス・ジェファソン大学ジャパンセンターのラディ由美子様とVincent Gleizer様のお2人には現地でのご丁寧なコーディネートをして頂きました。
非常に分かりやすい講義をしてくださったDr Joseph Majdan, Dr Akiko Kawaiに感謝いたします。
また、ご多忙にも関わらず、快く学生見学を受け入れてくださり、ご指導してくださったDr Timothy Kuchera, Dr Ashley Traczuk, Dr Nicole Tyczynska, Dr Mischa Mirin, Dr Hayato Unno, Dr Alexander Kleinmannにも感謝申し上げます。JeffHOPEのStudent Director Lauren McGrathをはじめ、各施設で日本人医学生見学のためにお時間をとってご協力いただいたトマス・ジェファソン大学医学生、病院のスタッフの方々にも感謝申し上げます。
最後に、本プログラムのメンバーには常に刺激的な議論を頂き、精神的にも支えられました。本当にありがとうございました。
本プログラムの研修費は米国財団法人野口医学研究所によります。おかげさまで本プログラムを無事終了することができました。誠にありがとうございました。