米国財団法人野口医学研究所

血友病Aイヌモデルにおける遺伝子治療後の第VIII因子に対する免疫反応の解析

東京医科大学 臨床検査医学分野備後真登

2019年7月Children’s Hospital of Philadelphia

フィラデルフィアでの研究生活

 2019年7月から2020年6月までの1年間、フィラデルフィアのThe Children’s Hospital of Philadelphia(以下CHOP)に研究留学する機会を頂きました。私は血液内科医であり、その中でも血栓止血領域を専門としています。その分野では血友病の患者数が多いので、血友病患者さんを診療する機会が多くなっています。近年は血友病に対する遺伝子治療の治験が行われており、有望な結果がもたらされています。遺伝子治療は近い将来に血友病に対する一般的な治療選択肢として用いられるようになることが期待されているので、「遺伝子治療は実際どのようなものなのか」という疑問が私の中で自然と湧き、遺伝子治療研究の一端を垣間見たいと思っていました。そんな時に野口医学研究所による水野基金のプログラムのことを知って応募し、幸運にもCHOPへの研究留学の機会を得てサポートして頂けることになりました。

 CHOPは小児科医ではない私が知っているくらい、世界的にも有名な病院・研究機関であり、私はArruda博士の研究室でお世話になることになりました。Arruda博士は血友病に対する遺伝子改変第VIII因子・第IX因子を用いた遺伝子治療の研究で著名であり、数々の論文を発表されています。またArruda博士の研究室では、主に血友病マウス・イヌモデルを用いた第VIII因子に対する宿主の免疫反応の分子細胞学的メカニズムの解明も研究テーマの1つとなっています。

 私に与えられた研究テーマは、「血友病Aイヌモデルにおける遺伝子治療後の第VIII因子に対する免疫反応の解析」でした。イヌ第VIII因子を扱うのは初めてだったのですが、ヒト第VIII因子と機能・分子構造的に異なる点がいくつかあり、その違いの1つが遺伝子改変第VIII因子に応用されており、大変興味深く感じました。また遺伝子改変第VIII因子発現プラスミドを用いてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを作製する過程にも携わらせて頂きました。遺伝子治療を行った血友病Aイヌの血漿を用いて、第VIII因子活性・抗原やインヒビター値などを測定することで、遺伝子治療の効果を判定・評価することができますが、私が実際に測定したイヌのほとんどで遺伝子治療後1年~数年以上にわたり第VIII因子の有意な上昇が得られインヒビターが上昇することはなく、遺伝子治療の素晴らしい可能性を体感することができました。第VIII因子活性・抗原の評価では遺伝子治療の効果が得られなかったイヌもいましたが、臨床的には出血が明らかに減少し血友病の改善は得られていたため、遺伝子治療後の新たな効果判定法の開発の必要性も示唆されました。

Arruda研究室ではペンシルベニア大学の動物病院と連携し、血友病を発症したペット犬に対する遺伝子治療も行われており、私はそれらのペット犬の第VIII因子測定のフォローアップにも関わらせて頂きました。ペットの場合は飼い主が遠くに住んでいることが多いため、実験動物のように頻回な血液採取は難しいものの、来院した際には直接そのペット犬を観察したり飼い主の話が聞けるという良い点もありました。一度ですが、ペット犬と飼い主が来院するタイミングで私が動物病院に伺えることがあり、遺伝子治療後の元気なペット犬に会って、飼い主が遺伝子治療前後のペット犬の出血症状の劇的な改善を感動的に語っていたことはとても印象的でした。

 研究の方は順調と言えないまでも着実に進めてはいましたが、COVID-19の問題でCHOPでは2020年3月16日から研究職は自宅待機となり、しばらく研究は中断することになりました。研究留学という意味では残念ではあったのですが、この世界的な非常事態に海外で過ごすことができたということは、私の人生にとって貴重な経験であったと思います。COVID-19流行下における職員に対してのCHOPの対応、アメリカ政府・州知事の対策、(私は小学校へ通う3人の子供といっしょに渡米しましたが)学校を含む地域コミュニティの対応を直に見たりして文化的・国的な物事の対応の違いを体感することは、研究留学の主目的ではないですが海外で暮らすことでしか得られないものだと思います。

 COVID-19の流行が治まってきたと判断され、CHOPの研究職では5月の最終週から、通常の勤務人員の25%までの活動が可能となり、少しずつ研究活動が再開となりました。私は当初2年間の研究留学を予定しておりましたが、COVID-19や家庭的な事情で6月にアメリカを離れることになりました。研究としては中途半端な状況で非常に残念ではありましたが、通常の海外留学では得られない体験もできたという意味で大変有意義であったと感じています。最後になりますが、このような素晴らしい機会を与えてくださりサポートして下さった浅野嘉久名誉理事をはじめとする野口医学研究所の方々、CHOPでの素晴らしい研究環境を与えて下さったArruda博士と研究活動をサポートしてくれたラボメンバー、公私に渡りフィラデルフィアでの生活をサポートして下さった足立一彦先生と奥様に感謝を申し上げたいと思います。