米国財団法人野口医学研究所

TJU Clinical Skills Program レポート

学生有馬祥彦

2019年3月米国トーマス・ジェファーソン大学

大学での臨床実習が始まっておよそ1年を迎える。この一年で感じたことは、日本の医学教育が果たして卒後の臨床に繋がるものであるのか、という疑問であった。今まで臨床実習前の講義で必死に勉強し、いざ臨床実習に出てみると何もできない。そう思うことは幾度となくあった。指導する先生が「学生の頃の勉強は医者になったら何の意味もない」というのは日本の多くの学生が一度は聞いたことがあるであろう。私は果たしてそれでいいのか長い間疑問に思っていた。現在日本の医学教育は変革期にある。私の大学でも、臨床実習、講義の国際基準化ということで、期間も延長され、内容も変更することが決定されている。今回Clinical Skills Programに参加しようと決めたのは、実際に米国での臨床実習がいかにして行われているかを肌身で感じ、日本の医学教育に何が足りないのかを比較し知ることだった。

研修を経て最も強く感じたことは、米国の学生は、学生の段階から医療チームの一員としてみなされているということである。臨床実習というよりも、それは仕事、業務に近いものであった。毎朝チームのmorning roundの前に患者の元へ行き、様子と前日の検査データからの変化を確認し、プレゼンテーションの準備をする。プレゼンテーション後には医師から質問されるが、それも単に知識を問うというよりは、患者の今後に必要な検査、処置は何かを考えさせるものであった。

また、日米における保険の違いは医療の現場においても感じた。Family medicineの外来を見学した際には、患者によって保険のカバーしている治療かどうか変わってくるため、患者は保険内容に検査、治療が含まれるか聞くのをたびたび目にした。Attendance として一緒に回らせてもらったResidentのDr.Anconaは、病気になってからの治療で費用が高額になるのを防ぐために、初診患者の問診においては主訴と関係がなくても、飲酒・喫煙、食事内容、運動の頻度、性活動などの病気のリスクになり得る内容の聴取を必ずし、必要であれば介入し、それがFamily Medicineの医師の役割とのことを教えてもらった。また、医療費が高額にならないように、見学したすべての科において、CT、MRIを撮影する頻度が日本に比べ圧倒的に低かった。General Inernal Medicineの回診に同行した際、一枚画像を見ることがなかったのは、日本で病院実習をおこなう私にとっては異常にも感じられた。しかし、診断を画像に頼ることができない代わりに、米国では問診、身体診察を重視していた。Dr.Majdanの講義では、history taking、physical examinationを模擬患者とシュミレーターを用いて学んだが、繰り返しそれらの重要性を説いていた。米国の学生は早いうちにトレーニングを始め、聴取できるようになった上で臨床実習に臨むそうだ。

また実際の患者でトレーニングする機会は、実習が始まるM3よりも早くに得ることもできる。今回、JeffHopeの主催するクリニックの見学をさせてもらった。JeffHopeとはTJUの医学、看護、薬学を専攻する学生が運営するホームレスの支援団体で、フィラデルフィア内にあるホームレスシェルターの一角で医師の監督の元、診察、検査、処方を無料で行う。M1、2の学生は診察に来た人の問診、身体診察をM4の学生が指導しながら行う。得られた情報を医師にプレゼンテーションし、最終的な方針が決定されていた。この活動は、ホームレスの支援になる上に、診察スキルを磨く場として多くの学生が申し込み、抽選が行われて参加できる学生が決定されるそうだ。

以上、私がClinical Skills Programを通し、感じた日米の医学教育における違いを挙げていったが、これからの日本の医学教育をよりよくしていくために必要なことは何なのであろうか?

学生の臨床実習における役割の違いについては、米国の医学生は4年制大学を卒業したのちにメディカルスクールに入るため、M3、4が日本における研修医に相当することによるとされることが多い。実際に見学し、確かに任される役割は日本の研修医とほぼ同じであった。現在日本の多くの医学部は医学の講義開始を早め、その代償として一般教養の講義を削減している。医学知識のレベルを学生の段階で米国の学生に相当させることが目的と思われるが、それだけで果たして良いのか私は疑問に思う。学生に与える役割を大きくすることは賛成だが、知識レベルを米国の学生と同じにしても、医師に必要な人としての資質は同じになるのだろうか。医師は様々な患者を相手にし、時に絶対の正解がない状況で決断をしなければならない。語学、文学、宗教学など一般教養で学ぶ学問は今までの人類の積み重ねでできている。それらを学ぶ機会を日本の医学生から取り去るのは、人としての資質のない知識だけの医師を生むことになるだけではないのかと感じた。

問診、身体診察のスキルの違いについてはこの研修を経て、日本におけるOSCEでの評価方法が果たして正しいのか疑問に感じるようになった。臨床実習開始前に合格することが求められているが、合格は診察スキルの保証に全くなっていないと感じる。自らを省みてみると、OSCEでは診断をすることではなく、正しい位置に聴診器を置けるか、正しい位置で腱を叩けるかを評価されており、それに倣った学習しか行っていなかったことをDr. Majdanの講義を通して感じた。米国に倣い、医学生の医療チーム参加を導入していくのなら、医学生が正しい問診、身体診察を取れるようになり診断まで下せるような学習と評価方法導入も同時に必要になるのではと考える。

 

謝辞

今回TJUでの実習に参加させて頂く機会を与えてくださった野口医学研究所の皆様、現地で私たちのために尽力してくださった、ジャパンセンターのラディさん、中村さん、歓迎会、送別会で米国の医療の様々なことを教えてくださって、今後の医師としての貴重なアドバイスをくださった浅野先生に心からの感謝を申し上げます。TJUの学生のBowen、Noahには大学の案内をしてくれ、その上、大学周辺の色々な所へ連れていってもらい感謝しています。実習で指導してくださった、Dr. Majdan、Dr. Lau、Dr. Kastenberg、Dr. Neuburger、Dr. Babapoor、Dr. Ancona他多くのサポートして頂いた方々に心からお礼申し上げます。