野口医学研究所CSP(clinical skills program) 研修レポート
1.はじめに
2019年3月25日(月)~29日(金)に米国フィラデルフィアのトーマスジェファーソン大学で実習をさせて頂きました。短期間ではあるものの内容はとても充実していて、神経内科、小児科、家庭医療科の外来や内科の病棟、救急科など多くの科を回ったり、医学教育で有名な先生による講義を受けたり、学生主体のボランティアJeff HOPEに参加したりと、米国の医療を学ぶのには大変良いプログラムとなっていました。私が今回この研修に参加した一番の目的は米国の医療を実体験して、日本の医療と比較することでした。医療の質、医療システム、医学教育など多くの点で違うことはわかっているつもりでしたが、実際に参加してみて、自分が知らなかったことが多く、予想以上に多くのものを得ることができました。米国と日本の医療との比較という観点で一つ目に記述させて頂きます。また、私は現在小児科に興味があり、プログラムには半日の外来見学が組み込まれていました。米国の小児診療を見て印象的だったことがいくつかありましたので、その点を2つ目に記述させて頂きたいと思います。そして3つ目にプログラム全体を通しての感想を述べさせて頂きます。
2.日本と米国の医療の比較
日本の医療と比較して、文化的・社会的背景の違いが医療に大きく影響していることが印象的でした。米国は多民族国家、高額な医療費、民間の医療保険、深刻な社会的格差などの特徴がありますが、私は実際にFamily medicineの外来で翻訳機を使って診療する場面やEmergency Medicineの実習にて、患者が医療保険を持っていないケースに何度も遭遇しました。医療保険を持っていない患者は救急外来のみ受診することができるそうです。また米国が日本よりも病歴と身体所見を重要視した医療であるのは、こうした社会的要因が影響しているからなのではないかと感じました。なぜなら必要以上の検査を行うことは高額な医療費を招いてしまうからです。実習中にEmergency Medicineを訪れた顔面の片麻痺を主訴にした患者を例に挙げますと、医師は病歴と「顔面の右側半分のみの感覚障害」という特徴的な身体所見から「Bell麻痺」と診断し、薬剤の処方のみで帰宅となりました。「これがもし日本だったら」と考えてみますと、脳卒中などの最悪のケースに備えて“念のため”CT検査を行うのではないか、と思いました。この経験から、検査以上に、病歴・身体所見からの情報の重要性を強く感じました。
もう一つ、プログラムの中で日本との違いを実感したことがありました。それは内科の病棟回診です。患者も含めた「チーム医療」が確立していて、一つ一つの治療方針に関しての議論が活発であったことが、大変印象的でした。チーム構成はAttending1人、Resident3人、医学生2人、薬学生2人、observer3人(私たちを含む)に看護師が2~3人参加しており、チームの受け持ち患者は10人程度でした。回診の流れとしては、患者を訪問する前に医学生またはResidentの先生が担当の患者についてプレゼンテーションし、それに対してAttendingの先生がアセスメントを行います。更にチーム内で議論し、方針を練った後に、患者を訪問し、患者の目の前で看護師が一日のバイタルの変化や食事量などを提示し、最後にAttendingの先生が患者さんに対して治療状況に関して詳しく説明していました。医師だけでなく、医学生・看護師もチームの一員として参加し、治療方針を立てていたことと、屋根瓦方式の教育的な指導体制に私は感銘を受けました。同時に、チームとしてじっくり議論することは、患者さんにとっても良い医療を行っている、と思いました。
日本と米国の医療を比較して、日本の方が優れている点もあることは勿論ですが、米国の「病歴と身体所見」に重きを置いた医療は見習うべき点であると思いました。プログラム中に医学教育の講義をして頂いたJoseph Majdan先生も、「history! history! history!」と、患者さんからの病歴聴取の重要性を強調されていました。そして、患者さんから得られた情報から常に「なぜ?」と問いかけ、原因を追求する姿勢も大切であると思いました。私も一人の医療者として、患者さんと正面から向き合い、最善の医療を考えられるような医師になれるよう努めていきたいと思います。
3.小児科
次に小児科外来での実習に関して、述べさせて頂きます。私が研修前から期待していたことは医師と患者間のコミュニケーションでしたが、それ以上に新たな発見がありました。それは、診察と共に、患者である子供とその家族への「教育」を行っていることでした。外来での問診事項として食事・運動・学校・睡眠などの生活面に加え、車のシートベルトの締め方、銃の所持の有無、乗り物の種類などの内容を含めた「安全」という項目があり、一つ一つの項目を、丁寧に質問し、それを踏まえてアドバイスをしていたことがとても印象的でした。相手が子供だからこそ、生活面が成長や疾患に大きく影響しますし、社会的・文化的背景が様々な米国だからこそ、患者に教育することが重要視されているのではないかと思いました。また、参加者の一人から聞いた話では「性教育」に関しても、医師が思春期の子供に対して積極的に行っていたそうです。外来で時に親には席を外れてもらい、子供に対してパートナー、避妊器具などを含めて詳しく聞き、受け止め、性に関する正しい知識を教えていたそうです。一般に、日本での性教育は海外に比べて劣っていると感じますが、小児科医が子供に性教育を行うことに目を向けて考えたことがなかったので、私にとってとても印象的な話でした。
小児科外来見学を通して学んだ、「患者さんへの教育」という点は、日本にも実現してほしいと切に願うとともに、私自身の将来の医師像にも大きく影響を与えた経験でした。小児科医は子供の病気だけを診るのではなく、生活環境や家族などの背景も踏まえて、時に教育者として診療する医師であるべきだと思いました。
4.プログラム全体を通して
医学生であるうちに米国の医療を実際に体験するという貴重な経験ができたことは、将来の医師としてのキャリア形成に深く関わってくることと思います。私にとって、研修を通して米国の医療に対する考え方が大きく変わりました。この機会に感じたことを、将来一人の医師として活かしていきたいと深く思いました。
また、研修中に他の参加者8人と共に過ごしたことからも多くの刺激を受けました。皆それぞれ違う目的を持って研修に臨んでおり、今後の医師としてのビジョンも違っていて、実習以外の自由時間さえも有意義な時間を過ごせました。どうしても自分の大学の中だけで過ごしてしまうと、視野が狭くなってしまいます。私は井の中の蛙になりたくないという思いもあって応募した今回の研修でしたが、特に8人の仲間との語らいを通して大きく広がったように思います。加えて、5日間という短期間の研修で、必然的に一つの科で見ることのできる症例は少なくなってしまうのですが、毎日実習後に仲間と情報共有することでより多くの症例や発見を知ることができました。8人の仲間全員に感謝すると共に、このプログラム全体の充実性をもう一度強調したいと思います。
5.謝辞
最後に、今回の研修プログラムは米国財団法人野口医学研究所により主催され、12月の選考会から3月の研修に至るまで、多くの方にサポートして頂き、貴重な機会を与えてくださったことに深く感謝申し上げたいと思います。
野口医学研究所の佐藤隆美先生、J.Michael Kenneyさん、選考会や研修前のオリエンテーション、研修前の様々な手続きでお世話になったスタッフの皆様、TJUでの生活や研修中に多くのサポートをして下さったJefferson Japan CenterのRadiさん、中村さん、私たちを毎日エスコートしてくれたTJUの医学生Bowen Yaoさん、Levy Noahさん、医学教育の講義をしてくださったJoseph Majdan先生、そして実習中にご指導頂いた、Erica Li先生、Tsao-Wei Liang先生、Kenneth Neuburger 先生、Alisa LoSasso先生、Bradford Hilson先生、Theodore Christopher先生他、多数の皆様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。この研修での経験を自分の糧とし、今後に活かしていけるよう、さらに努力を惜しまず精進していきたいと思います。