Thomas Jefferson University Clinical Clerkship Program 研修レポート

はじめに
このたび、野口医学研究所のご支援を賜り、 Thomas Jefferson University にてクリニカルクラークシップに参加する貴重な機会をいただきました。今回の研修を通して、米国における多職種連携、プライマリケアから高度専門医療に至るまでの患者中心の医療(Patient-centered care)を肌で感じ、自らの将来の医師像を明確にすることを目的に実習に臨みました。フィラデルフィアという歴史ある土地で、多様な背景を持った患者さんや医療スタッフと交流した日々は、私にとって多くの学びを得ることのできた貴重な機会となりました。本報告書では、1 週間の研修を振り返り、そこで得られた気づきと考察を述べます。
各診療科での経験
・内科 Internal Medicine
内科のチームは、Attending(指導医)、チーフレジデント、レジデント、医学生によって構成されており、階層的でありながらも非常に風通しの良いディスカッション環境が整えられていました。特に印象的だったのは、学生が担当患者の治療計画に対してチーフレジデントに質問をし、 積極的に議論を交わしていたことです。単なる知識に関する質問ではなく、自分が必要と感じた治療が行われていない理由を確認しており、学生の医療参加への意識の高さがうかがえました。Attending の先生も単に知識を一方的に教えるのではなく、学生やレジデントの理解度や思考プロセスを確認するために質問するなど、双方向のコミュニケーションが生まれていました。
・家庭医療科 Family Medicine
家庭医療科では、「地域の家族の相談役」としてのプライマリケアの本質を目の当たりにしました。診療室には「先生に会えるのがうれしい」と笑顔でたくさん話をする患者さんが多く訪れており、高血圧や糖尿病といった慢性疾患の診療において、 先生は日常的な会話を交えながら患者さんとの心理的な距離を縮め、良好な信頼関係を築いていました。
診療中の会話では、真剣な話と適度な冗談が巧みに使い分けられていましたが、患者の生活背景に踏み込んで確認する姿も見られました。LDL コレステロール値のコントロールが不良な女性患者さんの診察では、食生活の乱れや夫との別居について話が及んだ際、医師は一転して真剣な眼差しとなり、 DV 被害や身の危険がないかを慎重に確認していました。単に検査数値や臓器だけを診るのではなく、生活背景や社会的環境を含めた「患者全体を診る医療」を実感した瞬間でした。
・小児科 Pediatrics
小児科実習では、米国における小児医療の臨床の現場や社会的な課題に直接触れることができました。現在、一部の地域でワクチン未接種者が一定数いることによる麻疹の流行が問題となっていますが、現場の医師たちは、 ワクチン接種に否定的な保護者に対して画一的な対応を取るのではなく、一人ひとりの背景に応じて対応を工夫していました。 接種を強く拒む保護者に対しては、 医師自身の精神的な消耗を避けるため、 それ以上強く接種を勧めない場合もありました。 それでも対話を諦めず、 相手を受け入れる姿勢で関わり続けることの重要性を学びました。
また、生後 5 日の新生児の診察では、どのような種類のミルクが子どもの成長に適しているかについて詳しく確認するなど、両親がともに積極的に育児に関わる姿が印象的でした。幼い子供が多い家庭に対しては、子供の健康だけではなく両親の精神状態や健康が保たれているかどうかのチェックも行われていました。さらに、思春期医療では、 性に関する問診日常的に行われており、保護者に退室を促して 1 対 1 で話せる空間を確保したうえで、対話を行っていました。 喫煙している高校生に対しては、一方的に叱るのではなく本人に寄り添い自発的な禁煙を促すような丁寧な説得が行われ、自閉症の患者さんの診察では子どもとの会話の時間と保護者との会話の時間をそれぞれ十分に確保するなど、双方が安心できる配慮が徹底されていました。
・救急科 Emergency Medicine 及び 救急科レジデントカンファレンス Emergency
Medicine Residency Conference
救急外来では、絶え間なく運ばれてくる患者の重症度や緊急度に応じたトリアージと迅速なアセスメントに基づく治療決定のスピード感に圧倒されました。現場では医師や看護師、救急救命士のみならず、Physician Assistant(PA)や Nurse Practitioner(NP)といった日本では導入されていない、 あるいは普及していない職種も数多く活躍していました。 それぞれの専門性を生かして連携する、 活気あふれる医療現場を目の当たりにしました。また、診療現場では、大麻中毒の患者さんや、警察官に付き添われ、 手錠をかけられたまま受診する患者さんなど日本ではあまり目にすることのない、米国の社会的課題を感じさせる場面にも遭遇しました。多様な背景やリスクのある患者さんに対し、どのような状況であっても冷静かつ迅速に医療を提供する現場の医療者の判断力と対応力に深く感銘を受けました。
救急科レジデントカンファレンスでは、妊婦の腹痛、救急外来における消化器疾患、心停止、がん患者の急変をテーマに挙げ、実際の症例を通じて、鑑別疾患や必要な検査・処置の優先順位について詳細な議論や解説が行われました。レジデントや学生同士のディスカッションや発表者との双方向のコミュニケーションが活発に行われていました。
・JeffHOPE
JeffHOPE は、 Sidney Kimmel Medical College の学生が主体となり、ホームレスや低所得者層、無保険者層の人々に無償で医療や健康支援を提供する取り組みです。学生の段階から患者と直接向き合い、責任感を持って話に耳を傾け、 ケアに当たる姿に深く感銘を受けました。
単なる症状の治療にとどまらず、患者背景にある生活困窮やトラウマ、社会的背景を汲み取ったアプローチが行われており、医学教育と社会貢献が一体となった現場を体験しました。
・腫瘍内科 Oncology
腫瘍内科ではリンパ腫外来を見学しました。診療のプロセス自体は、患者さんや同伴のご家族に対して血液検査結果の推移をグラフや数値で丁寧に説明したり、疾患に関わる原因遺伝子について解説したりと、日本で行われている診療と大きな差異はありませんでした。 一方で、 説明や対話に十分な時間がかけられており、 患者さんやご家族から多くの質問が寄せられていたことが印象的でした。悪性腫瘍という大きな不安を抱える患者とご家族に対して、治療計画や副作用への対策だけではなく、深い信頼関係のもとで治療方針をともに決定していく姿を目の当たりにし、高度専門医療におけるコミュニケーションの重要性を改めて実感しました。
考察と今後の展望
今回のクリニカルクラークシップで日本の医療と比較する中で、 特に重要だと感じた点が 2つありました。
1 つ目は外来における「診療空間の構造の違い」とそこから生じる医療提供の姿勢の違いについてです。 今回見学した診療現場では、 日本で私がこれまで経験してきた 「医師が待つ診察室に患者が入ってくる」 スタイルとは異なり、 患者が個室で待ち、 医師がそのもとへ赴くスタイルが印象的でした。 患者が個室で医師を迎える診療スタイルは、 患者がリラックスして不安や疑問を打ち明けやすい環境につながっていると感じました。 一方で医師側も「自分の空間に患者を呼び出す」のではなく、「患者の領域に訪問して話を聞く」という患者中心の姿勢が自然と形成されていました。小児科での思春期問診や家庭医療科での DV に関する確認など、 プライバシーに関わる繊細な話題についても安心して話せる背景には、 こうした 「患者の尊厳とプライバシーを尊重する空間づくり」が一因となっていると感じました。
2 つ目は、多職種連携と社会的背景についてです。救急科で目にした PA や NP といった職種の活躍や、JeffHOPE でのプライマリケアの実践を通じ、多様な専門性が機能するチーム医療の実際を学びました。大麻中毒や無保険者の患者さんなど、 医療へのアクセスに課題を抱える人々と学生の段階から接することは、多様な背景を持つ患者さんに寄り添う医療者としての倫理観を養う上で重要だと感じました。
終わりに
今回のクリニカルクラークシップは、単に米国の医療システムを観察するだけでなく、医学生として、今後どのように患者さんや社会と向き合っていくべきかを考える、 大きな契機となりました。日米の医療システムや社会的背景には、 それぞれ長所と短所があります。 その中で、 現地で目の当たりにした「人間性を尊重する患者中心の対話」は今後医師として働く上で常に立ち返るべき大切な姿勢だと感じました。
今回の渡米で実感した自身の課題と真摯に向き合い、広い視野と高い倫理観、そして温かい心を持った医師になれるよう、帰国後も医学の学びを深め、 臨床能力の向上に努めてまいります。
謝辞
本臨床研修プログラムを終えるにあたり、学生に素晴らしい臨床留学の機会を与えてくださり、渡米前から手厚いサポートをいただきました米国財団法人野口医学研究所の皆様に心より深く感謝申し上げます。
現地フィラデルフィアにて私たちの生活や研修環境を支え、私の関心に合わせてスケジュールを組んでくださった Japan center のラディ由美子様、Vincent Gleizer 様、TJU Japan center の皆様に厚く御礼申し上げます。
また、 多忙な診療・教育業務の合間を縫って、拙い英語での問いかけにも親身に耳を傾け、ご指導くださいました現地ご指導医およびレジデントの先生方 Dr. Jamie Miller、Dr. Christopher Chambers 、Dr. Robin Brehm 、 Dr. Alisa LoSasso、 Dr. Ubaldo Martinez-Outschoorn、Dr. Anna Mathew、Dr. Alexander Kleinman、ならびに研修中に出会ったすべての患者さん、貴重なお話を伺った Dr. Wayne Bond Lau に、深くお礼申し上げます。
そして、各診療科での実習や JeffHOPE で多くの学びと刺激を与えてくださった Sidney Kimmel Medical College の学生の皆様、ともに励まし合いながら研修に取り組んだ研修生の皆さん、ならびにご理解とご支援をいただきました大学関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
本研修に関わってくださったすべての皆様にこの場を借りて深く感謝の意を表します。誠にありがとうございました。
Pediatrics でお世話になった Dr. Robin Brehm と
Family Medicine でお世話になった Dr. Christopher Chambers と
Pediatrics で お 世 話 に な っ た Dr. Alisa LoSasso と
JeffHOPE で一緒に活動した学生たちと