Thomas Jefferson University Clinical Clerkship Program 研修レポート

【はじめに】
この度、野口医学研究所にご支援を賜りまして、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアの Thomas Jefferson University (TJU)にてクリニカルクラークシッププログラムに参加させていただきました。このような貴重な機会を頂きましたこと、また、お力をお貸しくださいました全ての方々に深く感謝申し上げますとともに、今回の研修での学びや気づきについてご報告申し上げます。
【内科回診】
TJU の内科では、Emergency Department(救急科)から精査目的で紹介された患者や、専門科へ紹介される前の患者が多くを占めていました。日本の内科は長期入院が多いのに対し、今回見学した病棟では精査・初期治療・紹介を通じて速やかな退院を目指す流れが確立されていました。その中で行われる回診では、医学生が病歴や方針を流暢にプレゼンし、指導医の質問に的確に答える姿が非常に印象的でした。 私自身、 渡米前に USMLE Step 1 の学習をしており、 英語での疾患名や専門用語を聞き取ることはできましたが、 学生のプレゼンを聞き求められるレベルの高さに感銘を受けました。また、言語の壁がある患者に対してはビデオ通話で医療通訳を繋ぎながら診療を進めるプロセスがあり、多民族国家である米国ならではの柔軟な医療体制を実感しました。
【The Mutter Museum】
滞在中、The Mutter Museum を訪問する機会を頂きました。童話に関連した疾患のエピソードや頭蓋骨の展示、アインシュタインの脳の切片など、ここでしか目にすることのできない貴重な展示を見学しました。現代医療では早期介入により極端に進行した疾患を目にすることはほとんどありませんが、この博物館には先端巨大症・巨大結腸・結合双生児など、医学が未発達だった時代に進行した疾患の標本が収められています。治療法が確立されていなかった時代の姿を客観的に観察することで、現代医学の進歩を再認識する機会となりました。
【救急部門】
ER 全体で 95 名もの患者が滞在する過酷な現場での実習でした。担当の救急医に、日本の「救急医」は ICU などの病棟管理も行うことがあることをお話ししたところ、米国ではEmergency Department と Critical Care の分業が徹底されていると教わりました。また、電子カルテ(EPIC)の運用が非常に効率的であり、患者の許可を得た上での AI を用いた音声記録・要約システムや、音声入力によるカルテ記載、指定薬局への直接の処方箋送信などが確立していました。多忙な医師にとってカルテ記載は特に時間を要する業務であるため、こうしたツールの導入による負担軽減は働きやすさに直結し、結果としてメモやパソコン画面に目を奪われず、患者と向き合うことにつながっていると感じました。
一方で、米国が抱える薬物過剰摂取(OD)の深刻な実態にも直面しました。フェンタニルのみならず、キシラジンやメデトミジンといった動物用鎮静剤が蔓延しており、ナロキソンが無効なケースへの代替薬使用など、日本の医学教育では得られない実践的な知識を学びました。OD 患者へのリハビリ提案を断られた場面で指導医が口にした「You can lead a horse to water, but you can’t make it drink」という言葉は、医療介入の限界と患者の自己決定権という重い現実を、簡潔かつリアルに表していました。
【小児外来】
小児の Well-visit(健診)では、乳幼児に対しては先天性疾患のスクリーニングや、発達指標の確認など日本と共通する部分が多かったです。一方、青年期の診察では、学校生活・友人関係・スクリーンタイム・食生活といった網羅的な内容に加え、メンタルヘルスにまで深く踏み込んだ問診が印象的でした。わずかな不安のサインを見逃さず「セラピストは必要か?」と積極的に提案する姿勢から、 精神的サポートへのアクセスを日常の医療に組み込んでいると強く感じました。将来、社会的背景に関わらず子どもたちを支える小児科医を志す身として、必ず自らの診療スタイルに取り入れたい視点です。
【Simulation Class I & II】
Dr. Majdan による講義では、心雑音の鑑別などの実践的スキルに加え、医師としての根幹となる姿勢を学びました。「すぐに診断に飛びつかず、まずは観察すること」「病気を治療したことではなく、治療する際にお会いできた『人々』を記憶に刻むこと」という教えに深く感銘を受けました。優れた現病歴の聴取が適切な身体診察を導き、それがストーリー性のあるプレゼンテーションに繋がるという、テクノロジーが進歩しても変わらない Clinical Humanities の重要性を教わりました。
【救急科レジデントカンファレンス】
消化管出血や異物誤飲に伴う合併症、栄養学に関する講義を受けました。ここで最も刺激を受けたのは、プレゼンテーションの質の高さです。スクリプトに頼らず聴衆と目を合わせながら堂々と語る発表は、今後自分が目指すべき姿として強く心に残りました。
【Schwartz Center Rounds “Movement as Medicine”】
昼食を取りながら登壇者と対話形式で意見交換できるセッションでした。リボンなどを用いた動作を患者さんと医療者が共有することで、文字通り「動きを薬とする」ユニークなアプローチが紹介され、非言語的な繋がりがもたらす精神的ケアの側面を学びました。
【血液内科外来】
渡米前から最も楽しみにしていた場の一つが、TJU の Sidney Kimmel Cancer Center の血液内科外来でした。多発性骨髄腫(MM)のフォローアップを見学したところ、患者層の多様性に強く驚かされました。MM は高齢者に多いという印象を抱いていましたが、米国では特にアフリカ系アメリカ人での若年発症が多いことを教わり、実際に見学した中には30 代の若年患者も含まれていました。人種や年齢の多様性に加え、 GPRC5D 二重特異性抗体(talquetamab [Talvey®])から CAR-T 療法へと至る最先端の症例も学ぶことができました。
診療体制としては、レジデントがまず予診を行って Attending にプレゼンし、その上でAttending と共に再度診察に向かうという二人体制がとられていました。プレゼンの際に、問診で不足していた箇所や詳細に深掘りすべき点についてフィードバックが得られるため、一人ひとりの患者に対して丁寧な問診・診察ができ、聞き逃しを防ぐ素晴らしい教育システムだと感じました。一方で、専門医の診察を受けるまでに 9 か月かかることがあるという指導医の言葉は、高度に細分化された専門医療の恩恵と、複雑な保険制度がもたらす医療アクセスの遅れという、米国の光と影を同時に象徴していると感じました。
【JeffHOPE – Our Brothers Place】
学生主体の無料クリニックにて、日米の医療制度の違いを最も深く考えさせられました。COPD を患いながらシェルターで暮らし、無料クリニックに頼らざるを得ない患者さんの問診・診察現場に立ち会いました。複雑な背景を持ちながらも、問診に対してはっきりと答え、礼節を保とうとする姿が心に刺さりました。血液内科で目にした最先端医療と、この現場でのセーフティネットの必要性という両極端の側面に触れることができました。学生同士が多職種連携を実践できる素晴らしい教育環境であると同時に、日本の国民皆保険制度の価値を改めて再認識する経験となりました。
【総括】
本研修を通して、疾患や治療法といった医学知識のみならず、米国の合理的なシステムとそれが抱える社会課題、そして「人を診る」という医療の本質について多くの気づきを得ることができました。 ここで得た国際的な視点と実践的な学びを糧に、国内外の最新の知見を常にアップデートしつつ、目の前の患者一人ひとりに寄り添った最善の医療を提供できる医師を目指して精進してまいります。
【謝辞】
本プログラムへの参加にあたり、多大なるご支援を賜りました米国財団法人野口医学研究所の皆様、そして Thomas Jefferson University の皆様に深く御礼申し上げます。
内科回診でご指導いただいた Internal Medicine の Dr. Lakshmi Ravindran、多忙な ER の中ご指導いただいた Dr. Chaiya Laoteppitaks および Dr. Lara Phillips に感謝いたします。小児科外来でお世話になった Dr. Marcus Ramspott、 Dr. Tara Berman、 血液内科外来で MM の治療からフォロー、米国での働き方についてまでご教授いただいた Dr. Adam Binder、 Dr. Nick Schmedding に深く感謝申し上げます。
また、シミュレーションクラスを通じて Humanities の大切さを伝えてくださった Dr. Joseph Majdan、JeffHOPE にて温かく迎えてくれた Student Director の Erin Avanzato ならびに学生の皆様にも心より感謝いたします。
修了式で温かいお言葉をくださった Dr. Wayne Bond Lau、そして米国でのリアルなキャリアや最先端の研究について貴重なお話を聞かせていただいた菊池先生、佐藤隆美先生にも厚く御礼申し上げます。
最後に、スケジュール調整からキャンパスツアー、 最終日まで、あらゆる場面で温かくサポートしてくださったジャパンセンターの Yumiko Radi 様、Vincent Gleizer 様に、心からの感謝を申し上げます。
Dr Wayne との写真
Dr. Majdan との写真
小児科外来にて Dr. Tara Berman and Dr. Marcus Ramspott と