米国財団法人野口医学研究所

野口エッセイコンテスト 入賞作品
〜夢〜 10年後、あなたが成し遂げていること

野口エッセイコンテスト
入賞作品
〜夢〜 10年後、あなたが成し遂げていること

今までの10年とこれからの10年

小島優貴

関西医科大学 医学部 医学科 5年

 「もしあなたが死んだらわたしが医者になって真相を確かめる。」この約束でここまできた。あと一年ほどでわたしは医師になる。
 10年前、わたしは新婚のOLだった。面白くて優しい最高の夫だったが、胆道閉鎖症という持病を持っていた。彼は新婚生活2年目の春に主治医から肝移植の打診を受けた。もちろん脳死移植の順番を待っていたが、これまで連絡が来ることはなかった。血液型が適合する義父から移植手術が行われたが、数ヶ月で再移植が必要な状態となった。次に適応があったのがわたしである。即答で移植することを決めた。絶対に夫を失いたくなかった。彼とは死んだときの話はしない約束だった。未来の話しかしたくなかった。彼が言った唯一の願いは「死後も数年は俺の親と仲良くして欲しい。絶対に再婚して欲しい。」というものだった。そのときのわたしの返事が冒頭の一文である。
 わたしの生きる希望は、わたしが勝手に彼と約束した医学部入学だけになった。仕事も辞め、予備校に入学し、10歳ほど年下のライバルたちと医学部入学を目指した。文系大学出身のわたしにはどの勉強も新鮮で、新しい知識はとても面白かった。早朝からひたすら勉強する日々。10ヶ月間、頭の全てを勉強でいっぱいにした。彼のことを思い出さないように必死だった。周りのサポートのおかげもあり、わたしは医大への入学の切符を手に入れることができた。
 入学当初のわたしはまだまだ医療に対して恨みめいたものがあった。しかしそれは医学部生活の中でどんどん変化していった。純粋に医学の勉強が面白かったからである。一番感心したのは、医学部のカリキュラムである。物理学などの基礎を履修し、生理学・解剖学を理解したあとに、個別の疾患について学ぶ。その後、病棟実習で現場を学ぶ。ほとんど選択授業はなく全員で同じ知識を学習するのだ。文系大学のときは自分で学びたいものを選べる選択肢が多くあったが、就職先で仕事と直結して使える知識はあまりなかった。しかし医学部は違う。全員が医師を目指しており、将来の同僚である。また病院実習で関わる人たちも皆、医療関係者なのである。わたしはこの環境がとても好きになった。無駄な勉強がないのだ。全てどこかで繋がっている感覚がわたしをやる気に導いた。
 もう一つ、医学の進歩にも驚いた。この5年間だけでも教科書の表記が変わることや、ガイドラインが変わることもしょっちゅうあるのだ。こんなにも医学は進化しているのだと目を見張った。彼の病気が治る時代が必ずやってくる。実際、彼が生まれた時代が今だったら彼は死ななかったかもしれない。医療自体が希望なのだと実感した。
 受験中は亡夫のことは思い出さないようにしてきたが、入学してからは色々冷静に考えられるようになった。そして、病棟で多くの患者さん、家族さんの気持ちを聞かせていただく機会もあった。誰もが病気で不安な気持ちを持っておられた。わたしが家族の死を悲しむ気持ちを持つことは当たり前であるが、彼の方が不安だったこともわかった。一番悔やんで、悲しんでいるのはわたしではない。死んだ本人なのだ。
 もうすぐ医学部の6年生になる。ついに夫の死の真相は明らかになった。誰が悪いとかではない。彼を助ける医療が当時は存在しなかっただけである。それがわかって医学部入学の目標は達成してしまったが、わたしには新しい夢ができた。なりたい医師像がはっきりしてきたのだ。それは良い意味で周りを巻き込める医師になることだ。医療はチームプレイで行われる。ポリクリを通して実感したことである。チーム医療を実現するためには、チームの一人一人が高い倫理観と意識を持って課題に取り込むことが必要である。それが患者さん、家族さんの想いと寄り添うことにも繋がると考える。そのためにもわたしは周りと上手にコミュニケーションを取って、得意なことは率先して手を挙げ、苦手なことは周りの手も借りつつ成長していきたい。まだ、どの専門領域に進みたいかは決まっていない。様々な医療と関わる毎日でわたしの夢はどんどん更新されていくだろう。医師になった後、想いが変わることもあるだろう。それでいい。わたしはその時々に正直に自分のなりたい医師を目指したいと思う。
 最愛の夫を亡くし、日々勉強をする中で感じた事は「生きている間の1秒だけが平等である」ということだ。寿命にも差がある。家の裕福さも違う。病気になることだって生きていたらあるのだ。しかし今生きているわたしの1秒は、世界中のどこでも、誰にとっても1秒なのだ。その1秒はSNSを見ながら寝転んでいても過ぎるし、未来に向けて勉強していても過ぎていく。だったらわたしは自分のためになる1秒を過ごしたい。わたしの強み、コツコツ勉強する力。これはわたしに未来を信じる力をくれる武器になると思っている。
 彼を失ってもう6年以上になる。悲しみに打ちひしがれるときは今もある。でも未来を信じているわたしは生きることを楽しめるようになった。それはもちろん周りのサポートのおかげである。感謝してもしきれない。わたしに関わってくれている人たちがわたしを誇りに思ってくれますように。
 結婚してちょうど10年である。大好きな彼と結婚し、病める時も健やかなる時もいっしょに過ごせた。彼は逝き、わたしは未亡人になった。そして勉強し続けていると医学生になれた。医学部で新しい夢を掴んだ。あとちょっとで医師になれる。何という濃厚な10年であったことだろう。
 「さすが俺の選んだ妻だ」と天国の彼が誉めてくれる人生をわたしは送っていきたい。次の10年後のわたしが楽しみである。

審査員からのコメント

名前

佐野 潔

高知大学 医学部 家庭医療学講座 特任教授
ミシガン大学 医学部 家庭医学科 臨床助教授
米国財団法人 野口医学研究所 理事長
 10年前のご主人との辛い生活の中で決意した医学部進学から始まり、医学生として医学を学ぶ中で徐々に医療者としての自覚が芽生え、人の悲しみや不安を理解できるようになっていく様が、亡き夫との思い出や臨床実習での経験の記述の中から感じ取られた。医療者として大切な「思いやり、共感Empathy」を実感するに至る様々な人生の出来事がしっかり書かれ、誰にも平等に与えられている貴重な時間をコツコツと積み上げ次の人生10年を築いていただきたいとおもいます。