米国財団法人野口医学研究所

野口エッセイコンテスト 入賞作品
〜夢〜 10年後、あなたが成し遂げていること

野口エッセイコンテスト
入賞作品
〜夢〜 10年後、あなたが成し遂げていること

夢のスタートライン

松崎秀信

群馬大学 医学部 医学科 5年

 私は10年後の自分について明確なイメージを持っている。これは私が将来、国境なき医師団として発展途上国でボランティア活動を行いたいという夢があるためである。
 私が医師を志したきっかけは中学生の頃に地域の国際交流団体の活動でUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の日本支部を訪ねたことである。それまで私は夢と呼べるものを持っていなかった。しかし、生まれる場所の違いだけで私と同じ年の子供たちが生活に苦しむ姿を見たことを通して、自身の生活について頭を悩ませる必要がないということがどれほど贅沢であったかを痛感した。私はそこで、私たちが住むこの世界で困っている人たちを助けたい。自分に夢がないのなら、せめてこういった人たちの力になりたいと強く感じた。ボランティア活動にはさまざまな分野があるが、医療は需要が高くかつ生命に直結するものであると考え、私は医師の道を歩もうと決めたのである。
 次に私が考えたのは、ボランティアを行う上でどういったスキルが必要になってくるのかということであり、真っ先に思いついたのは言語だった。これは私がアメリカのサマースクールに留学した際、気候の違いにより体調を崩してしまったという経験によるところも大きく、その際に英語で自分の症状を説明することの難しさや正確に理解してもらえたのかという不安を感じたからである。国境なき医師団はフランスを起源とするNGOであり、フランスの元植民地である西アフリカなどへのミッションが多い。そのためフランス語を勉強し、大学4年次にはDELFというフランス国民教育省が認定した公式フランス語資格でB2(フランス大学入学レベル)を取得することができた。
 大学では4年の間、医学生としての勉強と並行して大学院の公衆衛生学教室で地域医療、医療と行政の関わりについて学んだ。その中でボランティアはただ活動をすれば良いというわけではなく、助けを必要としている地域が最終的に自分たちの力だけでうまくやっていく未来を目標にするべきだと考えるようになった。そのためにはボランティアと行政が協力し役割を移行していくことが必要であり、行政の視点を学ぶためにジュネーブにあるWHO本部で研修を行った。そこでは行政とインプレメンテーション(実行部隊)との連携の難しさを感じ、そういった複雑な問題を解決する能力が大切であると身をもって知った。
 現在は数理研究センターResearch AssistantとしてAIを含む機械学習と医療を組み合わせた研究を行っている。医療AIや医療×IoTは先進国に恩恵をもたらすのみならず、医療者などのヒューマンリソースの不足している発展途上にも大きな影響を与えると私は考えている。来年には医学部六年生で最終学年となるためプロジェクトを達成し論文を書き上げたいと思っている。卒後はアメリカのMPH:Master of Public health(公衆衛生大学院)進学をする予定であり、さらなる公衆衛生学的知識(疫学・医療政策・生物統計学・環境医学・行動科学)や臨床研究のための基礎を学ぶことにより将来の発展途上国支援に尽力したいと考える。MPHは1年のプログラムであり、MPH取得後は日本で研修医をしつつ社会人大学院生として公衆衛生学と機械学習を組み合わせた内容で博士号を取りたい。また、医療デバイスに対しても興味があるため高度先進医療機器をアフリカ等の発展途上国でも使用できるような形に作り替える、もしくは新たな形を開発することに取り組みたい。
 後期研修の診療科は外科を選択するつもりである。外科手技を磨くと同時に、機会を見て離島や僻地のような医療資源の十分でない場所でも研鑽を積むことが重要である。積極的に救急外来でも重症患者を救命し、国境なき医師団に派遣されても十分貢献できるための準備を行う。
 後期研修後は2年にわたり初期研修医等を指導する経験を重ね、後進の指導やさらに複雑な手術にも取り組む。加えてDMAT:Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)の隊員となり有事の際には日本のために全力で活動したいと思っている。
 そして現在から10年後にあたる2031年は、十分な知識とスキルを兼ね備えた医師となり、私が目標とする国境なき医師団のミッションに参加する年である。無論、参加したから終わり、というわけではなくそこからが本当の夢であるが、10年後にはその夢のスタートラインに立つことができているはずである。
 ここまで私の過去、現在、未来について書いてきたが、これらは私個人の努力のみではなし得ないものばかりである。先にまで述べてきたハードスキルはもちろん重要であるが、私は周りの環境を巻き込み、自身について応援され、また周りの人々に刺激を与えるようなソフトスキルが最も重要であると考えている。人は一人では生きていけないし、個人の力には限界がある。だからこそ助け合い協力しあっていくのだと思う。日本人は相手のことを思いやることに長けた民族だと思う。私たちの持つ思いやりの力を持ちつつ、リーダーシップを磨いていきたい。
 つまるところ未だ私は夢のスタートラインにさえ立っていないが、自らの夢に向かって一歩ずつ着実に進んでいきたい。