米国財団法人野口医学研究所

TJU研修レポート

学生佐々木脩

2014年3月米国トーマス・ジェファーソン大学

2014年3月24日から28日までの5日間という短い期間ではありましたがThomas Jefferson University Hospitalにおける研修は非常に充実したものとなりました。長年興味を持っていた米国式医療を実際の現場で体験することが出来ました。Thomas Jefferson University という歴史ある大学で、またフィラデルフィアというアメリカ建国ゆかりの地で研修が出来たことはアメリカ医療そしてアメリカという国の成り立ちを理解する上でとてもよい機会になりました。

アメリカは先進国で唯一国民皆保険制度を持たない国です。低所得者、高齢者、退役軍人を除く一般の人々は民間の保険会社と契約を結ばなければなりません。また支払う保険料に応じて保険によりカバーされる治療が変わります。患者は必ずしも標準的医療を受けられるとは限らないのです。研修を通じて日米医療の最も大きな違いはこの保険制度にあると感じました。Family Medicineの外来においては、ワクチン接種を希望していた患者が、保険でカバーされないからと接種を中止するのを目の当たりにしました。また高額医療費に悩む患者が「保険会社は酷なことをするわ、こんな医療費払える訳ない」と嘆いていたのが忘れられません。保険を持っているかどうか、保険でカバーされるかどうかということが患者の受けることが出来る医療に直接関係してくるのです。アメリカでは2007年時点で460万人(全人口の15%)が無保険状態であるといいます。また2009年までに150万人もの人が医療費を支払うために家を売らなくてはならず、自己破産のうち62%は医療費によるものです。事実、フィラルフィア市内にはホームレスをはじめとする無保険状態の人が多数生活していました。Thomas Jefferson Universityには、無保険状態の人たちのためにJeffHOPEという学生ボランティアが運営する病院が存在します。学生が主体となり患者の問診や身体診察を行い、医師に治療計画を提案します。医師は最終的な確認を行い不安な点があれば直接患者の診察も行います。治療薬は期限切れのものや寄付されたものを使うため基本的に患者はお金を払う必要がありません。待ち時間には福祉関係者が無保険状態から抜けられるように手続き上の援助等もしていました。実際にJeffHOPEに参加して、このシステムは実地的な医療を早くから学べるという意味で学生にとっても利点がある非常に素晴らしいものだと思うと同時に、無保険状態の人が見捨てられているのではないということで安心しました。しかしこのような援助をすべての無保険状態の人が受けられる訳ではありません。

無保険状態は、国民皆保険制度を持つ日本とは無関係のことだと考えていましたが、残念ながら日本にも数十万人規模で存在し、2006年度から2007年度の2年間に、全国の救急告示病院だけで475人もの人が“無保険状態”のために受診が遅れ、命を落としたと言います(NHK調査)。現代日本では経済規模縮小や格差社会拡大のために国民保険料の滞納率が増える一方、高齢化のため社会保障費は増えるばかりです。このような状況で、私たちがいま持っている医療保険制度が今後もそのままずっと続くとは考え辛く、公費負担の少ないアメリカ式の保険制度をえらぶのか、それともヨーロッパのように公的医療保険に入れない人も何らかの制度で救済する公費負担の大きい保険制度を選ぶのかは、医療保険制度が医療そのものを規定しかねないため、今のうちから医学生として真剣に考えなければならない問題であると感じました。

アメリカが国民皆保険制度を導入しない理由は、国民が保険に入るか入らないかを選ぶ権利を奪ってしまうことになり、それは自由と自己責任という原理に反するからだと言われています。世界から多様な民族が集まっているアメリカにおいては日本人のような同一意識、帰属意識や相互扶助の考えが生まれにくいのでしょう。多様性という言葉がアメリカ医療、社会のキーワードであることは研修中だけでなくアメリカ滞在中のいたるところで実感しました。Majdan先生が「われわれアメリカ合衆国の強さはその多様性にある」とおっしゃった通り、アメリカには世界各地から多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材が集まります。Thomas Jefferson Universityにも中国、インド、ナイジェリア、イタリアなど世界中から学生や医師が集まっていました。多様なのは患者も同じです。生後3日での割礼手術、薬物中毒妊婦から生まれた新生児の治療、イラクから難民としてやってきた少女のワクチン接種など日本ではまず見ることはないものばかりで非常に興味深く勉強することが出来ました。このような文化、人種、宗教的多様性があるからこそ、それを乗り越えようとして今のアメリカ医療があるのだと思います。

研修を通じて思ったことは必ずしも日本の医療の先にアメリカの医療がある訳ではないのでは、ということです。基礎研究や先端医療という面では世界各地から優秀な人材と資金が集まるアメリカは世界の中心であるかもしれませんが、一般の人が一般の治療を受けるという意味においては医学生の自分に、日本とアメリカで明確な優劣は感じられませんでした。もちろん実践的な医学教育をはじめとし、アメリカに学ぶべきものはたくさんあると思いますが、多くは優劣の問題ではなくどの医療を良い医療と考えるかという選択の問題ではないでしょうか。

医学生のうちにアメリカの医療を体験できたこと、優秀なアメリカの医師や医学生に出会えたこと、志し高い日本の医学生とともに学べたことは貴重な財産です。新たな視点を持つことが出来ました。残りの学生生活、そして医師としての人生を豊かにしてくれるものだと思います。このような機会を与えてくださった浅野先生、sterlloraさんをはじめとする野口医学研究所の方々、アメリカ式医学教育を教えてくださったMajdan先生、研修のサポートをしてくださったRadiさん、JaniceさんをはじめとするThomas Jefferson Universityの方々に深く感謝いたします。

 

参考文献 Introduction to Global Healthcare Systems, Kano Sadahiko, Waseda University Press

2012, p4, p9-p24

参考HP  http://www.jcp.or.jp/tokusyu-09/14-sos/6.html