Thomas Jefferson University Clinical Clerkship 米国の医療にふれて

【はじめに】
この度、野口医学研究所にご支援を賜りまして、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアにある Thomas Jefferson University (TJU) でクリニカルクラークシッププログラムに参加させていただきました。このような貴重な機会を頂きましたこと、また、お力をお貸しくださいました全ての方々に深く感謝申し上げますとともに、今回の研修についてご報告申し上げます 。
【アメリカ医療システムレクチャー】
渡米前に、米国の医療システムについてのレクチャーを受けました。米国の保険制度や診療報酬などのお金の仕組みは複雑ですが、政治や国民性のお話も含めて米国の医療制度について解説して頂き、米国の医療費が高額な理由を学びました。米国では、日本と異なり分業や細分化がすすみ、Nurse Practitioner や患者移送係などの多くの医療職や事務職が働いていることで人件費が高額になるそうです 。また、日本では検査や治療が同じなら医療費はどこの病院でもほぼ同じであり診療報酬を独自に設定することはできませんが、米国には統一の価格がなく病院ごとや保険会社ごとに請求額が異なるとのことで、米国の強力な資本主義を感じました。
【オリエンテーション】
大学キャンパスをご案内いただきました。特に印象に残ったのが、寄付によって設立された Cancer Support & Welcome Center です。ここでは、Social Worker が音楽療法やウィッグなどの美容の専門家を手配し、がん患者さんやご家族のサポートを行っています 。細部までにこだわった設備と患者さんへの手厚いサポートに驚くとともに、全てが寄付やボランティアで運営されていることから、米国の寄付文化やボランティア精神を如実に感じました。
昼食は TJU の医学科 1, 2 年生の学生と一緒にピザやチーズステーキをいただきながら、交流を深めました。米国出身者だけでなく世界から TJU に医学を学びに来ている医学生に話を聞き、彼らの熱意と行動力が胸に響きました。
【内科】
Attending doctor (ホスピタリスト)、resident (内科レジデント 2 名、精神科レジデント 1 名)、 medical student (M3 2 名、M4 1 名)で構成される内科チームの回診に 2 日間同行させていただきました。13 人ほどの患者さんを Attending 以外が分担し、回診時に病室前の廊下にて SOAP 形式でプレゼンし、その後、Attending が feedback を行いつつディスカッションが行われます。
この方式はほとんど日本と同じですが、チーム内の医学生と resident の役割は日本とは大きな違いがあるように感じました。というのは、医学生も resident 同様にプレゼンを行い、議論の際には積極的に発言しており、しっかりとチームの一員としての役割を果たしているからです 。また、Resident に求められる役割は診療だけでなく、医学生の指導も含まれます。特に Senior Resident はチーム全体のことにも気を配っており、担当患者の割振りから、私たち留学生の患者プレゼンの準備もご指導くださり、教育熱心で大変ありがたかったです 。
【外科】
乳腺外科の手術を 3 件、術野で見学させていただきました。日本と大きく異なると感じたのは外科医の技術の大胆さとスピードです。体格が大きく切除部分も大きいのにもかかわらず 、日本と比べて手術 1 件当たりの時間が短いように感じました。他方で、術後の乳房の見た目に配慮し、切開や縫合前をより丁寧に処置する部分は日本と同じだと思いました。
手術室の雰囲気は日本と同様に外科医によって変わるようでしたが、Dr. Susanna M. Nazarian は麻酔科医が交代したときや手術室にいる学生にも積極的にご自分から挨拶をしておられ、手術終了後に手術室メンバーにお礼を伝えてから退室なさっていました。このような Dr. Nazarian のお姿を拝見し、円滑なコミュニケーションやより良いチームをつくるすばらしい習慣だと感じました。
【家庭医療】
家庭医療の外来見学をさせていただきました。米国の家庭医療という専門性に興味があったため、Attending について学べる機会が大変ありがたかったです。Dr. Christine Hsieh は老年医学の専門家でもあることから、患者さんはお年寄りが多く高血圧や糖尿病の慢性疾患が多かった印象です。定期的なフォローや薬の追加などの医学的なことだけでなく、忙しいなかでも、患者さんの復職などの個人的なお話の傾聴や、家族の様子を尋ねることもしており、まさにプライマリケアであると感じました。
日本の総合診療と大きく異なると思った点は、あらゆる専門領域にまたがり簡易的なことは家庭医療の医師が行っていることです 。性感染症疑いの女性が来院しても家庭医療の医師が検査を行い、骨折のフォローも整形外科ではなく Dr. Hsieh が行っていました。日本では産婦人科や整形外科の開業医に行くことが多いですが、プライマリケアとして家庭医療で診られることが専門性の 1 つだと思いました。他方で、治療にこだわりのある睡眠時無呼吸症候群の患者が来院した際には sleep doctor を紹介しており、専門医に紹介する線引きがどのようになされているのか学びきれなかったので、今後の課題にしたいです。
【小児科】
プライマリケアとしての小児科外来を見学させて頂きました。患者さんは生後 10 日の赤ちゃんから自閉症の 10 歳台の小児など様々でしたが、多くは定期健康診断でした。印象的だったのは、診察の短い時間で、医師が身体診察などの医学的なことだけでなく、親子の話をよく聞いておられ、保険や生計の話などの個人的な相談にも乗っていた点です。診察の最後にはどの親子も安心した様子で、短時間の診察ですが満足度の高い医療が提供されていると感じました。
また、子どもの発達促進のため、医師が幼児の年齢に適した絵本をプレゼントしていたことや、積極的に子どもに話しかける姿から、健康だけでなく子どもの成長と信頼関係の構築に重きを置いていることを感じました。思春期の子どもに対しては親を退出させて診察の一部を行っており、会話を中心とした診察で、医師と、子どもと保護者との信頼関係が日本よりも深い印象を持ちました。
【救急】
日本との違いを最も大きく感じたのは救急外来の見学でした。EMTALA 法や社会背景から、混雑やあらゆる患者さんがいらっしゃることは想像していましたが、実際に救急外来を見学したときには、廊下に溢れた患者さんの多さと多岐にわたる来院理由に驚きました。糖尿病ケトアシドーシス、貧血、交通外傷などで来院される患者さんもいらっしゃれば、暴行、飲酒、薬物が原因で警官に連れられてくる患者さんや家をもたない患者さんも多くいらっしゃいました。なかには、末期がんの患者さんもいらっしゃり、救急科レジデントがエンドオブライフケアの説明をしている場面もありました。医療システムや社会背景、文化の違いが如実に現れている現場で、米国の医療体制の良い点と悪い点の双方を実感しました。
【JeffHOPE】
JeffHOPE の 1 つである Eliza Shirley で医学生が主体となりボランティアで運営しているフリークリニックの活動に参加しました。週に 1 度、医学生の 2~4 年生 15 人ほどとレジデント 5 人が集まり、医療班、薬剤班、子ども班、トリアージ班などに分かれて、医療や衛生用品を提供します。クリニックでは患者は無料で診察を受けることができ、また医学生は上級生やレジデントの指導のもと診察方法やカルテの記載方法を学べるため医学生にとってはとても教育的な時間だと感じました。
また、地域の医療格差に向き合い、患者さんのために毎週ボランティアを主体的に行う学生やレジデントの姿に心を打たれました。米国の医学生やレジデントは非常に忙しいですが、彼らは自分の時間を削りフリークリニック運営とボランティアに積極的に参加しています。他者のために自分ができることを継続的に行う姿勢を見習わなくてはならないと感じました。
【シミュレーションクラス】
Dr. Joseph Majdan から、Harvey という胸部診察のためのシミュレータを用いた、聴診と循環器疾患についての講義を受けました。Harvey を使用して、拍動に触れ、心音を聴取することで、丁寧に胸部診察の方法と鑑別についてお教えいただきました。Harvey を用いたシミュレーションはとても実践的で、これまで私自身が整理できていなかった知識が心音とともに理解できたように感じられ、胸部聴診における音の聞き分け方について理解を深められました。
【まとめ】
約 1 週間という短い時間でしたが濃密なスケジュールを作成いただき、本やインターネットで読むよりも、実際に現地に行き自身の実感をともなって学ぶことができました。本報告書には記載しきれないほどの多くの気づきや学びがあり、今後の自分のキャリアを考えるうえで大変重要な機会となりました。研修を通して、自分のコミュニケーション力、英語力、医学知識の不足を痛感させられるだけでなく、米国の医療における幅広い分野と奥深い専門性に魅力を感じ、自分にあった渡米目的をさらに具体化して米国で学びたいという気持ちが一層強まりました。
また、日本からの医学生との交流も貴重な出会いでした。一緒に参加した医学生と研修の振り返りや日米の比較をしたり、各々のことや将来のことを話せたりしたことは、自分の視野を広げることにつながりました。本研修での出会いや気づき・学びを糧とし、今後も精進を続けて参ります。
【謝辞】
最後になりますが、この度の研修に際しまして多大なるご支援を賜りました皆様に、心より感謝申し上げます。渡航前の準備に始まり、帰国後もお力をお貸しくださいました、野口医学研究所の浅野嘉久先生、佐藤隆美先生、佐野潔先生、Stellora Sunyobi 様、三宅香連様、本多愛美様、TJU Japan Center の Dr. Charles A. Pohl、Dr. Wayne Bond Lau、ラディ由美子様、Mr. Vincent Gleizer に、厚く御礼申し上げます。また、現地でご指導くださいました、Dr. Joseph Majdan、Dr. Christine Hsieh、Dr. Heather Baran、Dr. Brady Houtz、Dr. Jason Gonzalez、Dr. Susanna M. Nazarian、Dr. Alexander Kleinmann、Dr. Hayato Unno、お忙しいなかお時間をおつくりくださり貴重なお話を伺わせていただきました、Ms. Miyuki Hayashi、Mr. Kevin Kim、Dr. Sota Deguchi、Dr. Wataru Goto、Dr. Shusaku Maeda に、深く感謝申し上げます。現地でサポートしてくださいました医学生の皆さん、一週間をともに過ごし支えてくれた日本の医学生のみんな、本研修にご協力くださいました全ての方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。

