Thomas Jefferson University Clinical Clerkship Program研修レポート
【はじめに】
2024年3月21日から3月29日にかけて、野口医学研究所が主催するThomas Jefferson University Clinical Clerkshipに参加いたしました。約1週間と短い間ではありましたが、関わってくださった皆様のお陰で、とても充実したプログラムのもと、大変学びの多い時間となりました。以下に今回の学びについて、具体的な内容を交えてご報告いたします。
【プログラムについて】
プログラムは、事前調査にて提出した学生の進路希望に応じて設計されており、現段階で女性医療(産婦人科領域や乳腺外科領域など)に興味のある私の全体的なスケジュールは以下のように設計してくださっておりました。
金曜日:オリエンテーション、大学の施設案内ツアー、Thomas Jefferson University(以下TJUと表記いたします)の医学生とのランチ、米国の医療システムについての講義、ペンシルベニア大学病院のツアー
土曜日・日曜日:休日
月曜日:内科病棟回診、ER、JeffHope
火曜日:内科病棟回診、内科カンファレンス、Dr.Majdanの講義(聴診について)
水曜日:ERカンファレンス、Schwartz Center Roundsのzoomカンファレンス(Topic:I am human)、Dr. Majdanの講義(問診について)
木曜日:小児科外来、Mutter museum
金曜日:産婦人科外来、Closing Ceremony、Farewell Dinner
上記のプログラム外でも、寮で知り合った初期研修医を終えた直後の日本人の先生と夕食をご一緒したり、休日には昨夏Jones Hopkins Universityに留学していたメンバーに、同大学で研究留学をされている先生の元へ連れて行ってもらったりと、様々なご縁に導かれ、充実した時間を過ごすことができました。
【病棟見学】
内科回診
私は、チーフの先生1人、シニアレジデント3人、医学生3人(4年生1人、3年生2人)、薬剤師1人で構成された、Green3というチームの回診に参加しました。
回診は、12人の患者さんについて丁寧に議論しながら約3時間かけて回ります。日本でいう症例カンファレンスと教授回診が同時に行われているといった形でしょうか。基本、医学科3年生が患者さんについてプレゼンをし、上級医の先生がその内容に対して質問を挟み、医学生の教育をしながらラウンドをすすめていくというスタイルでした。米国の医学生は日本の医学生よりも任されるレベルが高く、私自身、自己紹介されるまではシニアレジデントの人かなと勘違いしてしまうほどでした。話を聞いたところ、医学生は毎朝6時半頃に病院に来て、回診が始まる前に各患者さんの診察をし、学生自身が治療方針・投薬内容・プロブレムリストなどを考えた上で回診に参加するそうで、平日は病棟管理をし、週末は12時間程図書館で勉強すると聞いたとき、同じ医学生として身の引き締まる思いがいたしました。また、患者さんの家族との関わりや電話でのやり取りなども医学生がするそうで、その裁量権の大きさにとても驚きました。
ER
内科と同じく、ERもチームに分かれており、4人の専門医の先生がそれぞれレジデントと医学生を従えて屋根瓦式で教育をしながら診療を行っていました。TJUのERは非常に忙しく、1日にウォークインと救急車で運ばれた人を合わせると約150人の患者さんが来るとのことでした。私がついたER専門医のDr.Nicoleは、続々と搬送されてくる患者の診察をする合間にレジデントの先生にCTの読み方を論文を引用しながら教えたり、他のチームの先生と相談したりと、ハイレベルなマルチタスクをこなしていました。そんな忙しい中でも、動脈解離の画像診断や2度房室ブロックの心電図などについて、私に丁寧に教えて下さりました。また、「ERでは会話のすれ違いによって事故が簡単に起きてしまうので、常に頭を研ぎ澄ませておかないといけない。同時にみる5人ほどの患者に対してしっかりopen mindにすることが大事」とも教えていただきました。
First Aidをした後、専門的な処置が必要な患者を外科や循環器内科、産婦人科などに送るという流れ自体はあまり日本と変わりはありませんでしたが、年齢については、色々な人種の方がいる影響か、あまり参考にしないとDr.Nicoleに教えられ、除外診断をする際に年齢を参考にする日本とは違った点だなと気づきました。
【外来診療】
小児科
新生児のチェックアップや性感染症の10代の少年など6人の患者について、先生がカルテを確認した後、問診・診察をし、上級医の先生に報告するのを見学しました。
この間特に驚いたのが、米国ではカルテがほとんど一本化されており、別の病院で記載された患者のカルテを、確認できるというシステムがあることでした。もちろん見ることができるスタッフに制限はあるようですが、ポリファーマシーや患者情報の聞き取り漏れの減少など様々な問題を解決できる画期的なシステムだと感じました。日本でもマイナンバー制度などが確立されつつあるものの、やはり未だ個人情報保護などの観点から普及していないため、今日本が直面している課題の解決にこのような米国のシステムは参考になるかもしれないと感じました。
また、医師が患者さんの待つ部屋に行く形式や、患者が部屋に入って準備できたら医師に連絡が来たり、カルテに「患者Aさんは9:00~9:20」というように診察の時間と順番が記載されている点も、私の知っている日本の自大学や病院とは違った点だと感じました。
産婦人科
Vulvovaginal Clinicにて、婦人科皮膚科を専門にするDr.Nyirjesyの外来を見学しました。婦人科皮膚科という分野はとても珍しく、Dr.Nyirjesyによると米国全土でも専門として診療しているのはTJUしかなく、日本には婦人科皮膚科という専門分野自体がまだ無いとのことでした。そのため、私が外来で見学した患者さんは、ボルチモアやニューヨークなどから、車で2、3時間かけてクリニックに来られている方々でした。以前は、タイやケニアなど国外からもDr.Nyirjesyの診療を目的に来られていた方がおられたそうです。
疾患としては、外陰部に生じた扁平苔癬やVulvodynia(慢性的な膣開口部周辺の痛みや不快感を表す疾患概念)、クローン病のナイフカット潰瘍の患者さんを見学しました。日本ではこういった皮膚疾患に特化した内容を学んだことがなかったので、どの疾患も私にはあまり馴染みがなく、はじめは戸惑いました。しかし、日本よりも細かい専門分野に分かれる傾向のある米国は、自身が特に深く学びたいことや研究したいことが見つかった際に専門の先生に教えを請いやすい環境であり、これこそが私にとって将来米国に留学する意義になると気づくことができました。
【講義】
US Healthcare and System
日本の医学部を卒業した後、米国でレジデントとしてマッチされた河合先生に米国の医療制度の複雑性と、その強み、弱みについて講義していただきました。米国の医療費が日本の二倍近くにものぼる理由として、医療職・事務職ともに人件費が高いことや薬剤費が高いことが挙げられ、さらに人件費が高い理由について、そもそも医師になるまでの教育費が非常に高く、卒業時に借金を抱えている学生が多いことや、分業目的で医師や看護師の代わりに業務を行う採血士や患者移送係、アシスタントなどといった人にも人件費がかかっている現状があることを教えていただきました。また、国民皆保険制度が存在しない背景には、自由を重んじ、市場経済に絶大な信頼を置く米国の国民性があることを教えていただき、国の制度はその国の歴史や国民性が強く反映されて成り立ったもので、自国より良いと思われる他の国の制度を取り入れることは決して簡単では無いのだなと感じました。米国では、お金が尽きればmeaningfulでない延命は行わないという、資本主義の要素が強く現れる現状となっており、そこは生活保護などの福祉が発達している日本との大きな違いだと思いました。河合先生の講義では他にも二大政党制についてや、処方ルールの違いなどについても教わり、非常に勉強になりました。
Simulation Class
循環器内科のDr. Majdanから聴診の仕方と問診についての講義をしていただきました。聴診ではHarveyという機械を用いて、先生が聴いている音を同時に聴きながら勉強しました。問診練習では、実際に模擬患者さんを相手に問診をし、Dr. Majdanから、診断をつけるために必要な質問をするためには何度でも患者の主訴に立ち返って考え直す必要があることを強調されました。それを指摘される前までは基本的な質問事項を埋めることに集中してしまう癖があり、本気で診断をつけるための質問をしていなかったと振り返ることができました。
また、臨床的な内容以外にDr. Majdanからは医師としての心構えについてもお話をいただきました。国が違っても医師であることには変わりがないこと、自分の診察に自信を持ち正直になる必要があること、また、そのためにしっかりとした型を身につけること(型を身につけるとconfidence, consistency, completence, successを生み出すことができる)、臨床疑問に対しよく考えること、病気を治すだけでなく心も治すこと、患者のhumanityを尊重することなど、基本ではあるものの何度でも意識し直す必要がある心構えについてお話いただき、医学部入学時から5年が経ち初心を忘れかけていた私にとって、心が洗われるようなお言葉となりました。
【JeffHope】
JeffHopeとは、TJUの医学生がボランティアとして行う、ホームレスの方々のための無料シェルターで、医学生が主体となって問診・顕微鏡などを使った検査・薬の処方・おむつや衣服の提供などを行っており、資金は寄付金などでまかなわれているそうです。医学生にとっては疾患や社会的問題への理解を深めるチャンスとなり、ホームレスの方にとっては非常にありがたい場であり、日本にも需要のある画期的な取り組みだと感じました。
私はEliza Shirley Women and children’s shelterに伺い、主に親が診察を受けている間の子ども達の面倒を見ました。子ども達の中には、他の友達と遊んでいる際に友達のおもちゃを横取りしてしまったり、暴力的になったりする子もおり、複雑な家庭環境などが精神面に影響を与えている可能性を感じました。しかし、そういった際にTJUの学生が喧嘩をして泣いている子どもの話をしっかり聞いたり、やってはいけないことをした子どもには注意をしたりしており、本来は学校で育まれるべき友達との関係性や先生からの指導をこのシェルターで得られることは子どもの成長にとってもポジティブな影響を与えそうだと思いました。
【日本と米国の違い】
医学教育
2カ国間の教育の違いを議論する際に、つい両国の医学生の能力を比べがちですが、日本の医学生と米国の医学部の学年は対応しておらず、一概に医学生の能力を比べることは容易ではありませんでした。そもそも日本と米国では、医学部の入学の仕方が違っており、日本では高校卒業後に医学部に入学し、6年で卒業した後に初期研修を2年しますが、米国では高校卒業後に一般の4年制大学に通って生物学などの単位を取った後、医学部に4年間通い、医師になります。米国では医学部卒業後には日本の初期研修のようなシステムはなく、医学部3年生と4年生が研修医1年目と2年目に相当すると考えることもできます。そして、米国の医学生は卒業直後からそれぞれの志望科でレジデントとして働くことになります。
以上のことから安易に両者の医学教育の質を比較することはできませんが、実際に1週間米国の医学教育を体験してみて、米国では診断の型やフローチャートといった、診療をする際のマニュアル的な内容を先生が繰り返し強調し、医学生の頭に定着させており、これは全体の診療レベルを底上げするという点ではとて優れていると感じました。それに対し、日本の大学の授業や実習では、一度基本的な内容を教えた後は、それより発展的な内容や最新の研究・手術の方法などを教えてもらうことが多く、基本的事項は一度習えばその後は各自家で勉強するという風潮があることに気づきました。日本の教育はより発展的な内容を学びたい人をどんどん伸ばすという利点もあり、一言でどちらの国が優れているとは言い難いですが、米国の基本を繰り返し、マニュアル的に身につける勉強方法は、自分で勉強する際に意識して取り入れていきたいと思いました。
働き方
働き方について、勤務時間自体は人によるものの、決して米国の全ての医師が17時に退勤して家族との時間を満喫しているという訳ではなく、やはり日本と同じハードワーカーで、私が出会ったTJUの先生には早朝6時から19時頃まで働くという方が多かったです。しかし、米国では分業が進んでおり、例えばエコーはエコー士が当てた画像を医師はチェックするだけになっていたり、人工心肺専門技師やモニター心電図遠隔技師などの資格を持った技師が医師の業務の一部を担っていたりと、医師がする業務は極力医師免許がないとできないものに限られており、その点では日本よりも働き方への満足度が高いかもしれないと感じました。
米国の医療は日本より発展しているか
私は渡航前まで、米国の医療について詳しく知らなかったため、「なんとなく凄そう」という幻想を抱いており、それが本当がどうかを自分の目で確かめたいというのが今回の留学に応募した理由の1つでした。
結論として、未だ医学生の立場である私の視点での意見にはなりますが、日本とある程度違いはあり、日本よりも効率的な部分が多いものの、やり方が変わっているだけで、やってること自体が極端に日本より先進している訳ではなく、日本も十分発展していると感じました。しかし、米国では1つの診療科が細かく専門分野に分かれているため、専門的な内容については日本より極められいる部分が多いのかもしれません。まさに自分が見学させてもらった婦人科皮膚科などは日本にはない極まった専門分野であり、米国の発展している点だと感じました。
【留学を終えて】
医学・英語の自己研鑽について
今回の留学中、自分の医学知識や、英語の能力がもう少しあればと悔しく感じる場面が何度かありました。当然ではありますが、英語能力が低いとどんなに学びたい気持ちが強くても学べませんし、自分の医学知識のレベルに応じて、同じ環境から学べる範囲も変わってくると思います。自己研鑽に終わりはなく、また、たくさんの医学知識を持ち英語が堪能なだけが良い医師ではないかもしれませんが、患者さんに良質な医療を提供するなどといった、自分の最終ゴールのためのツールとして磨けるだけ磨く必要性を強く感じました。
留学に挑戦してみる価値
この留学については医学科低学年の頃から希望していたのですが、医学科5年生にもなると良い意味でも悪い意味でも精神的に落ち着いてしまい、低学年のときのような純粋な好奇心が消えてしまっていたので、挑戦するかどうかとても迷いました。ある程度人生経験を積むと、挑戦する際にぶつかるであろう障壁や失敗したときの感情を思い浮かべて、日々の忙しい用事などを言い訳に安定した道を選んでしまうのは私だけではないと思います。
結果、挑戦したことは本当に良い決断だったと思うことができました。これまでに記載したような気づきを得れたことはもちろんですが、一緒に留学に行ったメンバーや先生との会話から、自分の人生に影響を与える言葉を受け取れたことも今回の大きな収穫でした。
将来にむけて
今回の留学の目的は、米国が日本にはない技術や社会制度を持つ背景を知ることと、今現在の自分を客観視し、国際的な医師を目指すためのキャリアプランを明確化することでした。実際に留学を経験して、これら2つの目的を十分に果たすことができ、とても感謝しております。医学部卒業後は日本で医師として働かせていただき、その中で専門的に深めたい内容ができた時に米国に学びに行きたいと考えており、これからはそのための準備をしようと思いました。将来的には、国際的な知見と、日々の診療業務から得る気付きをすり合わせ、臨床的側面からも社会的側面からも日本に住む人の生活をより健康で幸福なものにする医師の一人になりたいと考えております。
【謝辞】
今回の医学留学はグローバルな視点を持って活躍したいと考えている私にとって、大変貴重な機会となりました。渡航前から渡航後まで大変お世話になりました野口医学研究所の浅野嘉久先生、佐野潔先生、佐藤隆美先⽣、⽊暮貴⼦様、中西真悠様、掛橋典子様、実習にてお世話になりましたDr. Akiko Kawai, Dr. Jonathan Foster, Dr. Nicholas Zirn, Dr. Joseph Majdan, Dr. Nicole Tyczynska, Dr. Mischa Mirin, Dr. Brady Stevens, Dr. Paul Nyirjesy、プログラムの作成や滞在中の様々な場面で非常にお世話になりましたジャパンセンターのラディ由美子様、Vincent Gleizer様、Farewell Dinnerにて有意義なお話をいただきましたDr. Akira Nishisaki, Dr. Takunori Hozumi, Dr. Kazuhiro Adachi, Dr. Mizue Terai、Martin Hallの皆様、その他本留学の実現に関わってくださった皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
最後に、今回の研修でともに支え合い、たくさんの刺激をくれた学生メンバーの5人と、日本から見守り続けてくれた家族に深く感謝いたします。