米国財団法人野口医学研究所

米国の医療システム・医学教育を実際に体験

北海道大学6年秦玉瑩

2023年9月22日 ~ 9月29日米国トーマス・ジェファーソン大学

臨床研修レポート「米国の医療システム・医学教育を実際に体験」

はじめに
 この度野口医学研究所のクリニカルクラークシッププログラムに参加し、1週間ほどThomas Jefferson University Hospitalで研修を行わせていただきました。このプログラムでは内科や家庭医療など多分野で研修を行い、アメリカの医療現場・システムについて幅広く理解する機会をいただくことができました。また、実際の米国の医学教育を体験しただけでなく、保険制度やアメリカの医学の歴史などについて勉強することができ、日本全国から集まった素敵な医学生達と共にとても充実した日々を過ごしました。

米国の医学教育
 この度の研修で特に印象深かったのはアメリカでの医学教育でした。アメリカの医学教育はまさに屋根瓦式であり、上級医による指導だけでなく、研修医が学生を、高学年の学生が低学年の学生に教える教育スタイルにとても感銘を受けました。また、Sidney Kimmel Medical College(Thomas Jefferson Universityの医学部)ではさまざまの講義を通して医学的な知識を教えるだけでなく、患者さんの社会的・文化的背景を理解し、その心に寄り添う医療を提供することを大切にしていることがとても印象的でした。

・内科の回診
一般病棟の一つのチームではアテンディング1名・シニアレジデント1名・レジデント2名・医学生2名・Physician Assistant学生1名で構成されていました。病棟の回診中や回診前後にその場で上級医やシニアレジデントによるミニレクチャーが行われます。その内容は患者の主訴に対する鑑別や治療プランの立て方だけでなく、薬の処方やその副作用を含めて、臨床現場で必要とされる知識が満遍なくカバーされています。実際の患者さんを目の前にしたミニレクチャーではそれぞれの症例に対して深く印象が残るので、多くの知識を実践的に身につけられると実感いたしました。

・救急のカンファレンス
定期的に行われるレジデンシーに向けて講義では、救急科や小児科などのスペシャリストだけでなく、ECMOなどの医療機器を扱う専門家をも招き、具体的に臨床で出会う問題などについてレクチャーが行われました。講義室の机は丸い形になっているだけでなく、全ての机にマイクが備わり、研修医同士の討論や講義室で研修医-講演者間の交流を促す工夫が施されており、双方のコミュニケーションを重視するアメリカの教育スタイルが垣間見えました。

・Dr. Majdanによる問診や身体診察の講義
臨床では患者さんの病気を治療し、身体的な苦痛を緩和させるだけでなく、患者さんの心をケアすることの大切さをDr. Majdanから学びました。そのためには患者さんの話をよく聞き、日常生活の些細な変化をも聞き逃さず、患者さんに寄り添う医療を心がける医師になることが重要であるとわかりました。また、身体診察の講義では、臓器を解剖学的・生理学的に理解することがその臓器の異常サインを見逃さない最も重要なことであり、臨床に多いに役立つ知識を学ぶことができました。

・特別授業「Deaf Arts History」
特別授業では手話の歴史や発話障害者によるアートについての講義を聞く機会をいただきました。発話障害者が手話だけでなく、顔の表情や体の動きを使って一生懸命自分の言いたいことを伝え、またアートを通して発話障害者の日々の生活での障害やその生きにくさを人々に理解してもらおうとする姿勢に大変感動いたしました。私たちは実際の現場で医師として働き始めてから、初めて目や耳が不自由の患者さんと出会います。Sidney Kimmel Medical Collegeでは、このように学生のうちに身体障害のある患者さんへの理解を深める機会を与え、患者を第一に考える医師を育てることに重きを置いていることに感銘を受けました。

米国の臨床現場
・同時通訳の活用
アメリカで生活する人種が多種多様なため、全ての患者さんが英語を流暢に話せる訳ではありません。そのため、アメリカでは電話やテレビ電話による同時通訳が伴った診察がとても普及していました。同時通訳を活用することで医師-患者間の医学情報の非対称性を解決し、患者さんに正確な医学知識を提供できることでより円滑な医師と患者のコミュニケーションを促し、医師-患者間の信頼関係を築くことができます。日本で生活する外国人が増加しグローバル化が進む中、現代の医療現場では必要不可欠なシステムだと考えます。

・小児科の外来
私は乳幼児検診と子供の定期受診に参加させていただきました。乳幼児検診では医師が両親の子育てに関する悩みや不安を聞き出し、その解決策を共に見出そうと熱心にコミュニケーションを取っていました。また、小児の定期受診では医師が子供とその家族の会話を積極的に促している点がとても印象的でした。特に第二次性徴期に近い11~12歳のお子さんに対しては、ドラッグ・喫煙・飲酒・男女交際についてしっかり家族間で話し合うようにと、医師から問題提起していました。このように子供の家族や学校だけでなく、医療機関を含めた社会全体で子供を育てるという雰囲気がとても理想的だと思いました。

・家庭医療科の外来
家庭医療科は最も患者さんに寄り添った診療科であり、高血圧・糖尿病などの生活習慣病の定期受診だけでなく、禁煙や禁酒のサポート、さらに重篤でない皮膚疾患や精神疾患の診察をしていました。患者さんも医師に絶大な信頼を寄せており、医師と患者さんは互いに近況を尋ね合うほど強い繋がりを持ち、とても素敵な臨床現場でした。家庭医療科の医師は患者さんの症状や検査数値の変動だけでなく、生活や環境の変化にも着目しており、患者さんの日常に寄り添うその姿をぜひ見習いたいと思います。

JeffHOPEでのボランティア
 Thomas Jefferson University HospitalではJeffHOPEと呼ばれるシェルターなどに住む生活苦の方に対してクリニックを開いています。JeffHOPEは学生主体で運営されており、毎回学生20人ほどと医師1人が参加しています。患者さんがやってきた際はまずトリアージチームが主訴を患者さんから聞き出すことで緊急性を判断し、その後医療チームが患者さんの問診・身体診察を行います。医療チームは診断・鑑別を挙げ、プランを立ててからそれを医師にプレゼンし、最終的な判断は医師が行います。患者さんの主訴を聞き、疑うべき疾患をもとに診察内容を考え、さらに診察後に患者さんからの話を元に診断を下してプランを立てるという一連の流れを医学生が独立して実践しており、改めて現地の医学生の優秀さを実感しました。そのほかにも教育チーム・検査チーム・薬剤チームがあり、栄養指導や禁煙教育、血液検査や薬の処方を行っています。また、JeffHOPEでは患者さんに対する診察だけでなく、無料のバスチケットや学生たちがボランティアで集めた洋服や生活用品をも無償で提供しており、生活苦の方々の生活基盤を支えていることがとても印象的でした。

米国の医療保険
 アメリカでは貧困層・小児・高齢者を除いた人々に対して公的な保険がなく、個人で保険会社と契約し、健康保険に入らなければなりません。また、その健康保険はプランによってカバーされる範囲が異なり、プランに合わせて指定された医療機関で指定された治療に対して保険が適応されます。これにより保険会社による市場の競争が生まれ、人々により良い健康保険プランが提供されることがこのシステムのメリットとして挙げられます。しかしデメリットとして、旅行などで他の州に行く際は新たに保険を契約しなければならないことも多く、また日本のように高額だが最新な医薬品を保険のカバー範囲内で使用することもできません。このようにアメリカではお金を十分に持っている人のみ最先端な医療を享受できることに私は少し疑問を持ちました。

まとめ
 今回の実習を通して米国医療の優れた点を実際に体験することができました。屋根瓦式の教育を通して知識のアウトプットを促したり、学生に数名の担当患者を割り当てることで積極的にプレゼンの機会を与えたり、またポータブルカルテを活用して患者さんの状態を常にチェックし、患者さんの不安がすぐに医師に届くようにチャット機能を用いたりと、アメリカの医療は医療従事者の教育と患者さんのサポートをとても重要視していました。しかし、保険制度がとても煩雑なため病気がある際には安易に近所の病院に行けないことや、病院を予約してから受診できるまでは約1~2ヶ月かかることはアメリカで生活する人々に多くの不便をもたらします。日本の公的医療保険制度を日本から離れた地で客観的に見つめ直すことで、その素晴らしさを再び実感いたしました。

謝辞
 私は将来国際的に活躍できる医師になることを目指しており、その第一歩としてこの度の研修は⼤変有意義な経験となりました。野⼝医学研究所の浅野嘉久先生、佐藤隆美先⽣、⽊暮貴⼦様、中西真悠様、実習でお世話になったTJU の Dr. Charles Pohl, Dr. Wayne Bond Lau, Dr. Joseph Majdan, Dr. Akiko Kawai, Dr. Youssef Elfatatry, Dr. Matthew Fields, Dr. Robin Brehm, Dr. Alisa Losasso, Dr. Christine Hsieh,  日々の生活をサポートしてくださったJapan Centerのラディ由美⼦様、その他本研修の実現に関わって下さった皆様に⼼より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

現地の学生との交流 現地の学生との交流
最後の授賞式にて(本人: 向かって右) 最後の授賞式にて(本人: 向かって右)