米国財団法人野口医学研究所

病理レジデンシーを見据えたJefferson病理での研修

東京大学医学部附属病院 病理専攻医西川裕里香

2023年8月14日〜8月26日米国トーマス・ジェファーソン大学

臨床研修レポート「病理レジデンシーを見据えたJefferson病理での研修」

 東京大学病理専攻医1年目の西川裕里香と申します、この度8月14日から26日まで2週間フィラデルフィアのThomas Jefferson Universityの病理部でObservershipをさせていただきました。

 私は現在、日本で専攻医として病理を学び始めたばかりで、9月から開始される米国病理レジデンシーマッチングに応募する準備をしております。米国の病理でレジデントや指導医の仕事を見学したり、レジデントとしてどのようなことが求められているのかといったお話を聞けたらと考え、この研修に参加させて頂きました。

これまでJeffersonの病理で研修を希望された方は殆どいなかったそうなのですが、希望通りの研修ができるよう手続きを進めてくださり大変感謝しております。特に、レジデンシーのProgram DirectorであるChan先生が、2週間の研修内容を作成してくださり、現地でも様々な面で大変良くしてくださいました。今後病理の臨床留学や短期留学を考えている方の参考になりますよう、いくつかの項目に分けて報告書を書かせて頂きます。

1. 研修スケジュール
研修目的や内容の希望事項について事前に調査があり、その結果1週目はAnatomical Pathology、2週目はClinical Pathologyの各部署をローテートすることになりました。Observerという立場でしたが、特にAPではレジデントと同様の業務を一緒にやらせてもらうことが多く、実践的な研修になりました。

2. Anatomical Pathology (AP)
日本でいう病理はこのAnatomical Pathologyに当たります。レジデントのローテーションの大部分は外科病理(Surgical Pathology)で、切り出し、組織診断、迅速診断などが含まれます。 その他、解剖や法医解剖等のローテーションを行います。米国では、Jeffersonのようなアカデミックな大学病院では外科病理が臓器ごとに分かれており、レジデントは1~数ヶ月ごとに各分野をローテートしていました。私は最初の1週間は毎日Dr. Chanが専門とする婦人科病理で実習をしました。
Jeffersonのレジデントの1日は、前日の夜または朝に渡されたスライドを見て自分で診断をつけることから始まります(Preview) 。その後9~10時頃から指導医と一緒に顕微鏡でそのすべてのスライドを見ながら、一緒に診断をチェックしていきます(Sign out) 。この過程で、指導医は組織の見方、診断に至るまでの考え方、最新の診断分類とそれが確立された背景、その他tipsなど様々なことを教えてくれます。また些細な疑問でもその場ですぐに質問することができ、とても勉強になりました。指導医がこのようなレジデントとの1対1の教育に毎日2-3時間かけてくださるということに驚きました。
お昼は12時から毎日1時間のレクチャーがありました。AP/ CP各分野の先生方、ときにレジデントやフェローが持ち回りでプレゼンテーションをしていました。
その後1時からInteresting Case Conferenceという、主に指導医の先生が、自分が見た珍しい症例や、他の先生に意見を聞きたい症例などを皆に共有するカンファレンスがありました。
午後は切り出し(grossing)を行います。Jeffersonでは毎日3人のレジデントが切り出し当番になっていました。私は毎日異なる一人のレジデントについて、質問や雑談をしながら夜まで切り出しの手伝いをしました。日本では肉眼所見はほぼ全例写真をとって、切った後の写真に書き込むことで、どの部分をスライドにしたのか後からわかるようになっています。米国では写真はあまり取らない代わりに殆どの検体に向きや断端が分かるようインクで色をつけて、肉眼所見の項目にどの部分を標本にするか詳細に文章で説明するというスタイルでした。
このようにSurgical Pathologyは一日中イベント続きで忙しく、レジデントにとっても最も大変なローテーションであると言っていました。外科病理の研修を最も楽しみにしている私にとっては、各分野の専門の先生方から次々と教育を受けられる環境はとても魅力的に思えました。
また、期間中解剖があったので一度入らせて頂きました。紙面の都合上詳細は割愛しますが、日本よりもPathology Assistantが担う役割が大きいことに驚きました。

3. Clinical Pathology (CP)
日本では臨床検査学が近い分野です。アメリカでは病理に含まれます。
Transfusion Medicine, Chemistry, Microbiologyを回りました。
Transfusion Medicineの医師は、輸血・血液浄化療法を行う病棟患者のコンサルテーションを受けたり、外来患者を診たりしています。アメリカでは病理医の中で最も臨床に近い仕事と考えられます。MicrobiologyやChemistryは検査の管理と質の担保、また医師からのコンサルテーションに回答すると言った仕事をしていました。
私たちはレジデントやJeffersonの医学生と一緒に研修をしました。どの部署においても、どのようなPracticeが行われているか指導医や技師が詳しく説明をしながら見せて下さいました。非常に専門的な知識を持っていて、質問に対しても熱心に教えて下さいました。その他Microbiologyでは培地に生えている細菌のコロニーを観察して、さらに詳細に分類するためのテスト(Optochin sensitivityなど)を行なったりグラム染色をしたりしました。Transfusion Medicine では採血をして自分の血型検査を行いました。ChemistryではMass spectrometryの原理を勉強した後に、実際に検体を使って測定をしてみるといった実験も行いました。

4. 病理レジデンシー応募に当たって
今回の実習では特にProgram DirectorのChan先生にサポートして頂きました。実習が始まってすぐに、来月レジデンシーに応募することや、応募書類の1つであるPersonal statementを見て頂けないかとお願いすると快く引き受けて下さいました。アドバイスを頂いた結果、殆ど最初から書き直すことになりましたが、最初のものよりかなり良くなったと言って頂きました。また、レジデンシープログラムについて、米国の病理医となった時の働き方やキャリアなどについて相談させて頂くことができました。Jeffersonのレジデンシーにも応募したいと思っていたので、1週目と2週目の終わりにChan先生の元を訪れ、自分のperformanceについてfeedbackをお願いしました。実習の間は常に評価されていることを意識しなければなりませんでしたが、できるだけ積極的に質問をしたり、レジデントと仲良くなれるように心がけました。
また、今回2週間の間、アメリカの他の大学の医学生がObservershipをしており、殆どのローテーションを一緒に回ることができたのはとても心強く感じられました。実習中、特に指導医に対する言葉遣いや態度など、アメリカの学生の振る舞いをこっそり観察して多くの学びがありました。彼女も病理レジデンシーに応募するので、アメリカの病理医になってどこかで会えることを楽しみにしています。

5. 研修で得たこと
以前から話を聞いていたものの、実際に研修で経験することで、特に米国病理の特徴であると感じたことを2点述べさせていただきます。
1点目はサブスペシャリティの豊富さです。米国のアカデミックな施設のレジデンシーでは、臓器ごとの細かい専門分野に分かれたローテーションが可能です。各分野の専門家から指導を受けることでより効率的に深い学びが得られると感じました。またFacultyとして働く場合も、専門分野に分かれることは、ある分野に特化した診断・教育・研究を行いたい場合には大きなメリットであると思います。
2点目は教育体制です。レジデントは各分野の指導医と一緒に全てのスライドを見直し、1:1の教育を受けられます。日本でも直接一緒にスライドを見ながら教えていただくことはありますが、毎回行えるものではなく、また病理医の数が少ないことからも米国のようなスタイルの教育体制を敷くことは難しいと考えられます。
上記の気づきを通して、レジデンシー応募に当たっても、自分が米国で病理を学びたい理由と、将来希望する方向性を具体的に説明できるようになりました。

6. フィラデルフィアについて
フィラデルフィアはレストラン、カフェ、ショップ、美術館、シアターなどが中心部に集まっており、賑やかな街です。中華街もあり、日本食やアジア料理の食材も簡単に手に入ります。徒歩またはバスで殆どの移動が済むので東京に似ており、便利で生活しやすいです。レジデント達も、Jeffersonを選んだ理由の1つにフィラデルフィアという街に住みたかったということを挙げていました。

7. 謝辞
今回の研修の選考にあたり推薦いただいた、初期研修先の病院である横浜市立大学附属市民総合医療センター IBDセンター部長の国崎玲子先生、病理診断科部長の稲山嘉明先生に深く感謝申し上げます。また実習の準備にあたって野口医学研究所の木暮様、現地ではフィラデルフィアに長く在住されているJapan Centerのラディ由美子さんに大変お世話になりました。期間中、Jefferson腫瘍内科教授の佐藤隆美先生にお食事に連れて行って頂き、先生の運営されるラボの皆さんとお話ししたり、先生の米国でのキャリアについて伺ったりすることができ大変刺激を受けました。研修ではレジデンシーProgram Director のDr. Chan、CPではDr. Vivero, Dr. Stickle, Dr. Pettengilをはじめとする Facultyの先生方、病理レジデントの皆様に様々なことを教えていただきました。心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

修了式 修了式
佐藤先生ラボの皆さんとキューバ料理 佐藤先生ラボの皆さんとキューバ料理
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