Thomas Jefferson University Clinical Clerkship Program研修レポート
2023年3月24日から3月31日にかけて、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるトーマス·ジェファーソン大学にて、Clinical Clerkship Programに参加させていただきました。
野口医学研究所の主催する研修プログラムは、幅広い診療科を経験できるようにデザインされており、短期間で米国医療の基本を学ぶことができます。具体的な研修内容としては、米国最古のペンシルベニア病院訪問、内科のチーム回診、救急、外来診療(小児科·家庭医療·腫瘍科)、Cardiac examのシミュレーターであるHarveyや模擬患者を使った実践的なSimulation Class、医学生中心に運営している無償のクリニックであるJeffHOPEでのボランティア、特別講義も受講しました。プログラムを通して、現地の医学生·研修医·フェロー·アテンディング、米国で活躍されている日本人医師の先生方ともお話をする機会が多くありました。そのため、将来アメリカでの臨床や研究におけるロールモデルを具体的にイメージできるようになり、キャリア形成において、非常に参考になる情報やネットワークを得ることができました。
米国最古のペンシルベニア病院訪問
フィラデルフィア市のペンシルベニア病院は、1751年5月11日に、アメリカの建国の父の1人であるベンジャミンフランクリンとトーマスボンド博士によって設立されました。貧しい病気の方々を無料で受け入れて治療することが設立の目的だったそうです。1804年から1868年まで手術室として使用された米国で最初の外科用円形劇場を見学しました。手術見学には、チケットを購入し、手術台を中心に、一階から二階まで多くの学生や医師で席を埋め尽くし、海外からも多くの医師が学びに来たそうです。しかし、術中の感染予防における衛生概念や麻酔技術は未発達であり、当時は電気もなく、晴れた日の午前11時から午後2時まで手術が行われたそうです。医学と科学技術の進歩を感じさせられる歴史的な手術の様子は、有名な絵画として残されており、現在もトーマス·ジェファーソン大学医学部のカレッジにも掲げられています。
内科
·チームラウンド私の内科チーム回診は、アテンディング1名·シニアレジデント1名·レジデント2名、医学生2名のチームで構成されていました。アテンディングに、一人ずつ担当患者のプレゼンを行った後、病室に入り、気分や体調の変化、治療方針について話しました。医学生も数名の担当患者を持ち、問診や身体診察を行い、カルテ情報から検査の値を確認し、治療方針なども調べて指導医に提案していました。同じ医学生ながら、チームの一員として積極的に治療に貢献する実践的な医学教育による経験値の違いとレベルの高さを目の当たりにし、とても刺激になりました。
救急
·準夜勤 Dr. Lauのシャドーイングでは、「人をケアする」ということの意味を再考することができました。夫と待ち望んだ妊娠を期待していた女性に対して、異所性妊娠を示す検査結果を伝える場面がありました。話をする承諾を得ると、優しく気遣いながら、異所性妊娠を分かりやすく医学的に説明し、疫学的背景、リスク、今後に必要な治療方法を伝えていました。誰に対しても平等に尊敬の念を持ち、心からケアするという教えは、国境や人種に関係なく、私の目指す理想の医師像として胸に刻まれた経験でした。
·カンファレンス 救急のカンファレンスは、50名ほどのレジデントが集合し、チームに分かれました。チームごとに、4つの症例問題が配布されており、一人が問題を与え、他のメンバーが担当医師役となり、診断を考えました。2チームずつ空き教室に呼ばれ、制限時間1時間以内に、隠された15の救急医療に関するクイズを楽しみながら解きました。
外来診察
·小児科 私は主に乳幼児健診を見学しました。まず、カルテで妊娠·出生時の状態をレビューで確認しました。問診では、お母さんに、授乳の状況、赤ちゃんの食事、排泄、睡眠、家族歴、喫煙やペットなど成育環境について聞き、予防的な健康教育を行っていました。そして、全身の身体診察をして、ビリルビン値や体重変化など、総合的に判断していました。他にも、困っていることや必要なサポートはないかと聞いていました。特に、双子の赤ちゃんは、両親がどのようにお世話を分担しているのか、休息できているか、デイケアや周りに親族など頼れる人はいるかなども、丁寧にヒアリングしていました。診療の最後に、年齢に合わせた絵本を渡しており、リテラシー向上の目的で、国家プロジェクトとして行っているとのことでした。
·家庭医療 今回見学した家庭医療の外来では、医師と長期的な信頼関係が構築されている患者さんが多く、定期的な健康のフォローアップに来院されており、医師による証明書類の作成やワクチンの予防接種など、オンライン診療も行っていました。高血圧、糖尿病、喘息、関節痛、GERD、メンタルヘルスや発達障害など、非常に幅広い疾患を診ており、社会的なサポートも行っていました。患者さんのご家族の、日々の生活でのストレスや心配ごとや今後の悩みなども、親身に相談に乗っていました。
·腫瘍科 まずはフェローが問診を行い、アテンディングに報告していました。その後、直接アテンディングが治療方針など患者さんに説明していました。肝臓がんで移植後、再発し、転移部位の強い痛みで眠れず、倦怠感と気持ち悪さで、ご家族と一緒に来院されました。今後の治療のゴールの説明、飲み薬の化学療法、痛みのコントロールのため緩和との連携が必要だと話します。1時間以上の時間をかけて、丁寧にコミュニケーションをとり、信頼関係を築きながら「状況は芳しいものではないが、私達にできることはある。化学療法でがんの進行を少しでも食い止めること、痛みをコントロールして、QOLを保つこと。できることはある」と治療に対して前向きに取り組めるよう、勇気づけていました。不安な様子だった病室は、少しだけ明るくなったように感じました。また、収入が足りず、多額の治療費の請求に、困っている患者さんに対しては、病院のファイナンスの方に繋いでいました。
Harveyや模擬患者を使った実践的なSimulation Class
Dr. Majdanの講義では、Harveyと呼ばれるシミュレーターを使って、触診や心音の聞き分けといったCardiac Examを体系的に学ぶことができました。診断に最も重要なのはヒストリーだと何度も強調されていました。患者の声に耳を傾け、探偵になったように、原因を探ることで、診断が困難な症例も解決の糸口が見えるとのことでした。例えば、若年の心筋症が特定の民族の飲料の成分に由来していたとのことでした。
模擬患者の診察の際は、テンプレートをしっかりと身に着けることが重要と学びました。自分が問診をする際に、聞き漏れがないように、体系的で網羅的なテンプレートが使えるように何度も練習する必要があるとのことでした。しかし、機械的にならずに、患者さんとの対話がスムーズになるように、心に寄り添ったコミュケーションを心掛けることが重要だと言われました。
JeffHOPEのボランティア
JeffHOPEは、医学生が主体で30年以上運営されている無料のクリニックです。多くの医学生がボランティアで、経済的·社会的に困難な人に対してリーチアウトした医療提供を行っています。私は女性と子どものケアを見学し、アドボカシー·教育·薬剤の3つのチームのシャドーイングを行いました。アドボカシーと教育チームでは、困りごとを聞き、社会的な補助や申請など、一緒に解決を試みます。例えば、健康に関する相談、必要な日用品の提供、州のID再発行の手伝いや、適切な保険に入っているかの確認などを行っていました。薬剤チームでは、不眠にメラトニン、関節痛に対してイブプロフェン、便秘薬などの処方をしていました。ボランティア活動を通して、患者さんとのコミュニケーションを学べ、パブリックヘルスマインドを育む側面においても重要な場だと考えました。
患者の心に寄り添うエンパシーとボランティアリズムに関する特別講義も受講
トーマス·ジェファーソン大学の医学部は、エンパシースケールの研究で非常に名高く、医学部教育においても、エンパシーをどのように育むかを重要視しています。心から人をケアし、良質な医療を届けることを目標にしていることは、見学中に常に感じることができました。また、ボランティアリズムに関しては、利己的な目的のために行動するのではなく、自分の心から他者のために動くことの美学や哲学を学べました。
学びを活かし、未来へ
私の研修プログラムの目標は、自分の立ち位置を知り、今後の学びに活かすことでした。
英語に関しては、薬のブランド名など聞きなれない単語を除いて、理解することができました。今後は、医療で学んだことを分かりやすく説明し、相手を思いやる機微を読み取った効果的なコミュニケーションができるよう、ブラッシュアップしたいです。
医学知識に関しては、COVID-19の背景により、実習で診られた患者さんの数が少なく、教科書やUSMLEの勉強で学んだ知識を、臓器横断的な実際の症例に応用し、即座に現場に活かせるほど身についていないことが課題だと感じました。座学と実習のギャップを埋めるためにも、普段から想像力を使って、自分が医師であったら、どのように知識を応用するのかという視点を忘れずに、能動的に学ぶ姿勢を大切にしたいです。
また、米国の医療制度や、人々を取り巻く多様な社会·経済·文化的なバックグラウンドを理解することも重要だと思いました。栄養問題、経済格差、ホームレス、ドラッグの蔓延や銃社会など、アメリカでの生活環境に関連する公衆衛生的なアプローチも学び、幅広い引き出しを持った医師になれるように理解を深めたいです。
今回の研修を経て、現地での実習を行い、多くの先生方に恵まれたことで、将来の自分がアメリカで医師として働くイメージがより具体化されました。今できている部分は認め、自信に繋げ、反省点は素直に受け止め、今後の成長に繋げられるようにしたいです。
謝辞
今回の研修は⽶国での臨床やパブリックヘルス分野でのキャリアを⽬指している私にとって、⼤変有意義な経験となりました。このような貴重な機会をいただけたことに心より感謝いたします。野⼝医学研究所の佐藤隆美先⽣、佐野潔先⽣、⽊暮貴⼦様、TJU の Dr. Charles Pohl, Dr. Wayne Bond Lau, Dr. Joseph Majdan, Dr. Jennifer Valentine, Dr. Aretina Leung, Dr. Daniel Lin, Dr. Victor Diaz, Dr. Neera Goyal, Dr. Shuji Mitsuhashi, Japan Center のラディ由美⼦様、その他本研修の実現に関わって下さった皆様に⼼より感謝申し上げます。ありがとうございました。