米国財団法人野口医学研究所

多様なバックグラウンドを持つ先生方とディスカッションを通して様々なVariationを 見ることができ、大変贅沢な経験をさせていただきました

太田西ノ内病院 救命救急センター杉山拓也

2019年2月米国トーマス・ジェファーソン大学

太田西ノ内病院救命救急センターの杉山拓也と申します。医師8年目で、救急医として勤務しています。野口医学研究所の臨床留学プログラムに応募させていただき、2019年2月11日から3月1日までの3週間、Thomas Jefferson University Hospital(以下TJU)のDepartment of Emergency Medicineで研修をさせていただきました。この度は大変貴重な機会を頂きまして、誠にありがとうございました。研修についてご報告させていただきます。

今回このプログラムに応募させていただいた動機は二点ありました。①アメリカの救急医療の現場を参考書・論文等で読んで知るのではなく、実際に行って経験してみたい。②日本で外国人を診察する機会が増えてきているので、英語での診察のスキルを上げたい、の二点です。学生の頃は米国への留学にあまり強い関心を持っていませんでしたが、救急専門医を取得して数年が経ち、救急医学の多く、とりわけ心肺蘇生法や外傷初期診療の内容は、米国から日本に導入されて現場で活かされ続けていることが実感として分かるようになり、一度本場の米国に臨床留学してみたいという気持ちがふつふつと沸いてくるようになりました。

三週間、Emergency MedicineのAttendingの先生方のShadowingという形式で研修をさせていただきました。一人の先生につきっきりではなく、ほぼ毎回違うAttendingの先生とシフトを組んでいただけたため、多様なバックグラウンドを持つ先生方とディスカッションをする機会があり、また先生方一人ひとりの少しずつ異なった診察・診療から学ぶことができました。また、Attendingの先生方はERの勤務だけでなく、Jefferson Urgent Careという小外傷や日本で言うところの一次救急の診療のみを対象とするクリニックでの勤務や、Admission Criteriaは満たさないので入院はさせられないものの24時間程度の経過観察を要する患者さんのためのObservation Unitという病棟での勤務もシフトに組まれており、そちらにもつかせていただくことで、ER外のTJUの関連施設も見させていただく機会を頂きました。

救急搬送されてきた患者さんに、短い診察時間の中でいかに安心感を持ってもらって信頼関係を築くか、ということにどの先生も自分なりの言い回しや診察のスタイル・工夫があり、色々なvariationを見させていただくことができ、大変贅沢な経験をさせていただいたと感じています。どんな患者さん(例えば理不尽な要求で怒っていたり、麻薬中毒で呂律が回っていなかったり)を相手にしていても、”I care about you and your health”ということがちゃんと伝わるように、接触する瞬間から部屋を離れる時まで、きちんと意識を働かせて診察される誠実な先生方ばかりでした。今までは私は英語だと定型文のような診察や声かけしかできなかったのが、この経験を通じて自分の英語での診察・診療の幅が大変広がったように感じています。

救急医療のシステムの違いについても大変学ぶところが大きかったです。TJUはPhiladelphiaのCenter Cityに位置しています。日本であれば救急隊からの救急要請はまず電話で病院に連絡があり、病院が満床かどうか、ERの混み具合、患者の重症度、搬送時間などが病院とのやり取りで検討された上で搬送先が決定しますが、TJUでは救急隊の搬送先は完全に地理的要因、つまり直近の病院に搬送するシステムになっていました。よってTJUのERが多数傷病者発生事故等の災害でclose downの宣言をしない限りは、救急隊は次から次へと事前の電話連絡なしでERへ患者さんを搬送してきます。TJUのERは満床で入院ベッドが空くのを待っている患者さんで埋まっていることが多かったです。ベッドが空くまでは次の患者さんの診察には移れないので、医師の診察まで6時間以上も待たされている患者さんが大勢いる状況は、日本ではあまり考えられないことでした。

Team AとBの2 team、それぞれのteamに一人のAttendingと二人のResidentがつき、1 Teamがそれぞれ24のERのベッドを受け持って担当しており、2 Teamで大変大きなERを悪戦苦闘しながら稼働させていました。Triageで軽傷例と判断された患者さんはNurse Practitionerが主体となって日本よりも多くの権限を持って診察・診療の場で活躍されていました。

外傷症例では受傷機転等から救急隊からTrauma Alertが発動され、救急隊からの第一報の内容がER内に直接放送で流れて内容がスタッフ全員に共有されます。Trauma Alertが発動されると、Emergency MedicineとTrauma(Surgeryの一部)の両方から、TeamAとBの間にあるTrauma Bay(重症症例の診療専用の4病床)に人員が配置されて、両チームの協同で診療を行う形式でした。Center City周辺はPhiladelphia中心部から少し外れた地域よりも治安が良いため、Gunshot Woundを負って搬送されてくる患者さんが他地域より少なく、銃創の診療を見学する機会が少なかったこと(3週間で1例のみ)、また私の見学の間は交通外傷も軽傷例が多く、緊急開腹術・緊急開胸術に立ち会う機会がなかったのは少し残念でした。

臨床留学プログラムへの応募を考え始めた頃は、応募のタイミングが自分のキャリアの中で少し遅かったかもしれないと思うことがありました。しかし私の場合は、医学生として医学的な内容も含めて一から学ぶ立場で臨床留学するよりも、日本である程度自立してから臨床留学をしたことで、三週間という短い期間でも日米の救急医療の違いについて考察することができ、またAttendingの先生方の診察に立ち会う際も、医学的な内容については先生が何を思い描いて診察をしているかが理解できたため、診察の際の細かい言葉の言い回しや仕草について、より詳細に観察して学べる心の余裕を持つことができました。日本で救急医として働き続けていくに際して診察・診療の質の向上を図るために、救急専門医を取得後に短期間米国での臨床留学を経験することは大変有意義でした。

今回の臨床留学に際してたくさんの方々にお世話になりました。その中でも、留学が始まる前から3週間のプログラム内容について何度も何度も関連部署に綿密に連絡を取っていただき、Shadowingが可能になるよう調整していただいたJefferson Japan CenterのRadi Yumiko様。臨床留学が始まる前にTJUに提出する予防接種の証明書や申し込み書類の準備が滞りなく進められるよう手配してくださった野口医学研究所の木暮貴子様。ShadowingにつかせていただいたTJUのEmergency MedicineのすべてのAttendingの先生方、その中でも何度も私の素朴な疑問点について親身になって教えくださり貴重な時間を割いていただいたDr. Wayne Bond Lauには心より御礼申し上げます。そして最後に、伝統ある臨床留学のプログラムに参加させていただき、この上なく貴重な経験をする機会をいただきました野口医学研究所の皆様に深謝するとともに、今後も益々のご発展を祈念致しております。ありがとうございました。

Emergency Room/Trauma Center Emergency Room/Trauma Center
Dr. Wayne Bond Lauと修了式にて(右が筆者) Dr. Wayne Bond Lauと修了式にて(右が筆者)