米国財団法人野口医学研究所

TJU実習レポート

学生井上鐘哲

2018年3月米国トーマス・ジェファーソン大学

医療は人種を選ばず、国境を超えて人を救うものであることに共感し、僕は国際医療を志して医学を学んでいる。しかし、海外での医療の具体的な姿を知る機会は少なく、必然的に卒業後の進路も決め兼ねていた。英語に関してはある程度は自信があり、過去にアメリカで暮らした経験もある。とは言え果たして米国生まれではないアジア人である自分が、文化的な背景が全く違う米国人の患者とうまくコミュニケーションを取り、医師として働いて行くことができるのだろうか。悶々としていたときに、野口医学研究所主催のTJU臨床研修を知り、米国の臨床現場を体験するという貴重な機会を与えていただいた。以下、実際に海外の臨床現場を体験して、思ったことを書いていく。

TJUでは、月・火曜日に救急科、水曜日に内科の病棟と神経内科の外来、木曜日は小児科外来、金曜日は家庭医外来と短期間に多くの科をまわり、濃密な臨床現場体験をすることができた。

その中で印象深かったことに、これら全ての臨床現場で、アジア系をはじめ米国以外出身の医師達が活躍し、また彼らのコミュニケーションスキルが高いことであった。救急科で同行した韓国系のYoungJun Chai先生は、患者さんが危険な徴候を抱えていないかを熱心に検討しながらも、患者さんの前ではどんな訴えにも「All righty!」と常に笑顔で受け応えをするとても人当たりの良い先生であった。小児科外来では、インド系のLokesh Shah先生に同行した。彼は幼児からティーンエージャーまで様々な患者とその両親に穏やかに接しながらも、喫煙の禁止や虐待などの問題を孕んだ母子関係についてなど、必要とあれば躊躇なくその人のライフスタイルにまで踏み込んで助言を与えていた。

実習が進むに連れ、彼らのコミュニケーション能力の高さは、米国の医師にとって必須と言っていい能力であることがわかってきた。TJUが位置するフィラデルフィアの中心部は、人種的、文化的に多様な地域であり、来院する人は様々なアクセントの英語を話し、中には英語を解さない人もいる。それらの人々すべてに対応し、公平に良質な医療を提供するためには、言葉に加えて表情やボディランゲージを含めた全身で患者さんと通じ合える能力が必要になる。彼らの患者さんとの応対を見ていると、医師としての権威を傘に来て患者さんに接することは全くなく、深刻な事態においても時にはジョークを交えながら患者さんと朗らかに受け答えをして、人間同士の信頼感を築くことを重視していることがわかった。実習前の僕が抱いていた不安のように、外国人だからと腰が引けた姿勢で診療に当たると患者さんの為にはならず、TJUの外国出身の医師達が実践しているように、自信を持って積極的にコミュニケーションすることが良質な医療につながることが理解できたことは、僕にとって一番の収穫であった。

次に印象深かったことは、米国の実践的な医学生教育であった。内科の病棟研修では、指導医のBen Khazan先生率いるチームに同行し、レジデント2人、看護師一人、医学生2人、Physician Assistant学生1人の医療チームと一緒に回らせていただいた。ここでは医学生がそれぞれ自分の担当患者を持っており、回診の前に患者さんの現在の状態をチーム全体に説明し、指導医からの矢継ぎ早の質問に答える。回診が終わった後も、レジデントや指導医の先生の意見を仰ぎながら、自分の患者の治療方針決定に積極的に関わっていた。見学が主体の現在の日本の医学部におけるクリニカル・クラークシップと大きく違う点であり、TJU研修前にもこの違いについて聞いてはいたものの、実際に目の前で見ると、むしろこれこそが本来あるべき姿であるとの印象を持った。医学生が自分の担当患者を持つことで、より患者さんの病状に注意を払い、治すために知恵を絞り、指導医に積極的に質問している姿を見て、自分にもこれができないはずはないと感じた。帰国後に始まる自大学での病棟実習において、自分も同じように主体的に患者さんの治療に関わっていくことを誓った。

この研修で忘れられない経験になったことに、JeffHOPEChinatown Clinicの活動に接したことがある。JeffHOPEは、TJUの医学生が創始した団体であり、ホームレスや恵まれない人達のシェルターを医学生が訪問し、彼らを問診、検査し、医師の監督のもとに処方を決めて行くのである。これに類する活動で、通常の医療を受けることができない移民の人などのためにチャイナタウンの教会で行われているChinatown Clinicがあり。僕はこれに参加させていただいた。

患者さんは、滞在権などの問題で健康保険がなく、通常の病院に来ることができない移民の人々がほとんどであった。僕は患者さんの血圧を測ったり、心電図の電極貼りを手伝ったりと、一ヶ月前に受けたばかりのOSCEの経験が生きて、わずかだが患者さんの役に立つことができた。ここでの治療をボランティアで主導しておられるWayne Bond Lau先生には、このような恵まれない人相手に医療を行うことの大切さを教えていただいた。さらにTJU、ペンシルベニア大、僕達と同様に外国から参加している医学生と大いに語らい、医療に対する思いを共有することができ、このような活動を日本でも行うことができたらどんなに素晴らしいだろうかと感じた。

TJUでの実習期間を通じて、一緒に研修している8人の仲間とは、毎日一緒に行動し、チャイナタウンでフォーや飲茶を楽しみ、独立記念館やフィラデルフィア美術館、Mutter Museum(たくさんの解剖標本がある)を観光し、時には自分の将来の進路や悩みなどについてアイリッシュパブでビールを飲みながら語り合い、フィラデルフィア生活を満喫することができた。

最後に、TJU実習の全期間を通じて、僕の頭の中に繰り返し反響していたempathy(共感力)という言葉について述べる。empathyとは、単に同情することではなく、相手の立場に立って相手の感情を理解する能力を指す。昨年12月、野口医学研究所で行われた本実習の選考会において、Gonnella先生は、empathyの高い医師が受け持つ患者さんほど、治癒率が有意に高いこと、臨床現場に出た医学生は理想と現実のギャップに幻滅して共感力が下がる傾向があり、それを克服することの重要性を指摘された。

TJU実習の医療現場では、検査で異常が見つからないのに原因不明の痛みを繰り返し訴える患者、英語を解さず中国語で症状を訴える患者、医療処置に不満を持ち、医師に対して怒りを露わにする患者など、様々な難しい場面に出会った。そのたびに、僕が同行させていただいた医師は、笑顔を崩さすことなく患者の訴えに真剣に耳を傾け、彼らの身体の状態をわかりやすく説明し、患者に取って最良の処置を取ることに腐心されていた。その姿を間近に見ながら、これを可能にしているのは、まさに医師のempathyであるということを再確認した。

今回の実習では、国際医療に関わりたいという自分の理想に対して、それに懸ける勇気が今ひとつ持てないという現実との間のギャップを埋めるものを発見することができた。それは、コミュニケーション能力とempathyの2つである。僕は今後これらをさらに向上させる努力を絶やさずに、自分の理想の実現の為に邁進して行くつもりである。今回、僕の人生の宝物となるであろう素晴らしい機会を提供していただいた野口医学研究所の皆様、そして僕達を暖かく受け入れていただき、たくさんのことを惜しみなく教えていただいたTJUChinatown Clinicの関係者の皆さんに心から感謝申し上げる。

 

謝辞 今回のTJUでの実習を実現させてくださった野口医学研究所の皆さん、特にフィラデルフィアで歓迎会まで開いていただいた浅野嘉久先生に心から感謝いたします。また、現地で僕達の面倒を見ていただいたJefferson Japan Centerのラディ由美子さん、Janice BogenさんをはじめとするOIEのみなさん、毎朝早くから僕達を案内していただいたTJU医学部のStephanie WeyさんとAngell Shiさん、TJUで僕を指導していただいたYoungJun Chai先生、Ben Khazan先生、Lokesh Shah先生、Wayne Bond Lau先生、Bruce Reaves先生、Stephanie Nahas Geiger先生、他多数の皆様方に心から感謝いたします。