トーマス・ジェファーソン大学における体験
今年3月19日から3月26日まで,米国財団野口医学研究所主催によるClinical Skills Programに参加する機会をいただいた。研修はペンシルバニア州のトーマスジェファーソン大学(TJU)で行われた。
このプログラムに応募した理由は,卒業前に留学をして日本しか見たことがない自分の狭い視野を広げてみたいと思ったことと、多くの先生が目標にしている卒後留学にとって必要とされるスキルのレベルとそのメリットは何なのかを見極めたいと思ったからだ。
TJUにおける実習の内容
TJUにおける研修では、救急,内科,小児科外来,家庭医外来,JeffHOPEなどの見学や,講義,カンファレンス, 佐藤先生の研究室見学,などに参加した。
救急では研修医や上級医の下に一人ずつ付き、問診やプレゼンを見学した。内科では上級医、研修医、医学生で構成されたチームにつき、ラウンドを見学した。家庭医では妊婦や婦人科診察などから、感染症の治療、糖尿病の食事指導など日本では考えられないほど多岐にわたる診療を一人の医師が行っていた。あなたはどういう病気でこれからどういう検査, 治療が必要なのか丁寧に説明し、1人当たり15分くらいで検査,診断を含め治療,教育もしていた。JeffHOPEはホームレスや無保険患者のための診療所であり、研修医が上級医の役割をし、医学生が医師役として診療を行っていた。自分も問診やプレゼンに参加することができた。昼のカンファレンスでは昼飯を食べながら抄録会をしたり、クイズを解いたりした。佐藤隆美先生の研究室では、「アメリカ臨床留学への道」の著者の佐藤先生から留学のアドバイスを直接聞けたり、実際に日本人で研究留学されている先生のお話を聞くことができた。Dr.Majdanの講義では実際に患者さんに来てもらって病気の説明や患者さんからお話を聞いたりした。
アメリカの医療
救急や外来では患者が一人一人与えられた部屋で先生を待ち、先生がその部屋に入って診療を行う、仕組みに驚いた。医師の仕事は患者の診察や治療,判断に集中できるようにアシスタントが多くいて仕事が分業されていた。救急では医師が問診を取る前に医療書記が予め問診を取りペーパーワークを補助する仕組みがあった。(スクライブ)
カルテはクラウドサーバーで管理し、患者の情報を他の病院や自宅でも見られるように共有していた。このシステムは患者情報の流出に厳格な今の日本ではとても考えられないことだ。
アメリカでは保険の違いによって患者の医療へのアクセスが制限されていると聞いていたが、TJUの救急では保険やお金のない患者でも命に関われば誰でも診るという印象を受けた。
医学生や研修医のレベルは総じて高かった。医学生は積極的に臨床に携わり、実習で治療方針や退院計画を決めたりできるので、医学生に任される役割は大きかった。講義、臨床実習、JeffHOPEを見学してアメリカの医学生は知識の詰め込みよりも実践を意識したレベルの高い医学教育を受けていると感じた。
留学後考えたこと
アメリカの医療は効率を重視し、医療がビジネスで動かされているように感じた。所得格差が広がりアメリカの医療の守備範囲から漏れてしまった患者は救急やJeffHOPEのような診療所、人を助けたいという情熱のある医師達によって守られており、人間味のある部分も見ることができて安心した。そしてアメリカの医療の質は医学教育によって支えられているようにも感じた。
一方、日本の医療はすごく丁寧であり、また国民皆保険制度がどんなに素晴らしい制度かわかった。日本では高齢化や高額医療により医療経済が悪化し、良い医療を貧富の差なく受けられる医療制度の崩壊が危惧されているが、それは避けられない問題であるように思う。国民皆保険がなくなれば、アメリカのように誰しも平等に医療を受けられなくなくなり、日本の医療の質も下がってしまう。過渡期にある日本の医療を支えていくのは、人間味のある情熱的な医師達と質の高い医学教育なのだと思った。
謝辞
この研修に参加することができたのは、選考会で選んでいただき、また学費を出して援助していただいた米国財団野口医学研究所の
皆様や、受け入れ先のトーマスジェファーソン大学のDr.Charles A Pohl先生と佐藤隆美先生のおかげです。また留学全般に関してお世話していただいたラディ由美子さん,木暮さん、ホストスチューデントのMr.Tucker Brownさんに大変お世話になりました。指導してくださったDr.Suzanne Rannazzisi先生, Dr. Myasha George先生, Dr. Wayne Bond Lau先生、Dr. Joseph F. Majdan先生を始め、恵まれた同期の皆やこの留学に協力していただいた皆様へ心からの感謝の気持ちと御礼を申し上げたく、謝辞にかえさせていただきます。