Jeffersonで見た米国医療のかたち

2026年3月20日から27日にかけて、野口医学研究所のご支援により、米国フィラデルフィアのThomas Jefferson Universityにて、Clinical Clerkship Programに参加させていただきました。この度はこのような貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。以下に、1週間の研修で学んだことをご報告いたします。
がん患者のための支援施設
研修初日にCancer Support and Welcome Centerを見学させていただき、がん患者さんの生活を支えるための専用施設がどのようなものかを知りました。
ソーシャルワーカーの方に案内していただいたのですが、入ってまず感じたのは、ここが病院の中だということを忘れるような空間だということでした。開放的な造りに自然光が差し込み、一人で静かに過ごしたい患者さんのための特別な椅子も用意されていました。高い仕切りに囲まれたこの椅子は、感覚過敏のある患者さんにも配慮して設計されたものだそうです。壁には水彩画をもとにしたアニメーションが投影されていて、待合の空間自体が患者さんの気持ちに配慮した設計になっていました。ここでは音楽療法やアートセラピー、ヨガ、マッサージといったプログラムが無料で提供されており、この病院の患者さんに限らず地域のがん患者さんであれば誰でも利用できるとのことでした。
日本にも「がんサロン」や「がん相談支援センター」はありますが、多くは病院の一室で患者同士が交流する場にとどまっているように思います。こうした専用の空間を設計し、エビデンスに基づいた補完療法を多職種チームで提供している施設は、Jeffersonのようなアカデミックながんセンターだからこそ実現できるものだと思いますが、がん患者さんが治療のどの段階にあっても人間らしく過ごせる場所が病院の中にあるという発想自体は、日本でももっと広がっていいのではないかと感じました。こうした施設の整備には、米国の医療機関に根付いた寄付文化による資金も大きく寄与しており、日本とは資金調達の仕組み自体が異なる面もあると感じました。
Mütter Museumの見学
月曜日の午後には、フィラデルフィア市内にあるMütter Museumで医学標本を多数見学しました。
19世紀の蝋製模型や結合双生児の標本、巨大結腸症の標本など、教科書で名前だけ知っていたものの実物がそこにありました。正直、見ていて辛い展示もありましたが、日本ではまずこれだけの標本が残っていること自体が珍しいですし、さらにそれが一般に公開されているという点に驚きました。日本では病理標本は大学の中に閉じていて、外部の人が見ることはまずありません。医学を社会に対して開くという姿勢の違いを感じました。(日本での慎重さには文化的・倫理的な背景もあるとは思いますが。)
救急外来とJeffHOPE
月曜夜に救急外来、火曜夜にJeffHOPE(医学生運営の無料クリニック)を体験し、同じホームレスの患者層に対する二つの全く異なるアプローチを目にしました。振り返ると、この二つは同じ問題の表と裏だったように思います。
救急外来では、薬物使用歴のあるホームレスの患者さんが搬送されてくる場面を見学しました。米国では連邦法(EMTALA)により、救急は無保険の患者さんでも治療を断ることができません。しかし安定した後の退院先を探すのが大変で、精神科のベッドは空いておらず、シェルターも受け入れを断ることが多いそうです。結果として患者さんは路上に戻り、また悪化して搬送されるということを繰り返していました。担当の救急医の先生は「10-15年前のEMはとても良い科だった。今はひどい。コロナ以降、他の科にかかれなくなった人たちが全員ERに来る」と話されていました。日本のERは患者さんの診察や処置で忙しいですが、米国のERはカルテ作業、退院先の調整、保険の確認といった社会的な調整で忙しく、「忙しさの質」が根本的に違うと感じました。この印象は木曜日に再度救急外来を訪れた際にも変わらず、1週間を通じた一貫した観察でした。
その翌日の夜、JeffHOPEというプログラムに参加させていただきました。JeffHOPEは医学生が運営するホームレスの方々のための無料クリニックで、米国の医学部の約75%に同様の取り組みがあるそうです。私はPhilly House Men’s Shelterで、高学年の学生と一緒に患者さんの問診と身体診察を行い、レジデントの先生にプレゼンテーションをしました。その後アテンディングの先生が診察をし直し、最終的な治療プランを決定するという流れでした。経済的・心理的な障壁からクリニックを受診できずにいる患者さんのもとへ学生が出向き、無料で診察を提供するという仕組みは、米国の保険制度からこぼれ落ちた方々に医療を届け、よりinclusiveな医療を実現しようとする試みだと感じました。学生にとっても実践の場になるという点で、双方にとって意味のある構造でした。
救急外来は、制度の隙間からこぼれ落ちた患者さんが最終的に流れ着く「下流」の場所でした。JeffHOPEは、クリニックへのアクセス障壁を取り除くことで、同じ患者層が救急外来に頼らざるを得なくなる前の段階で医療につなごうとする「上流」の取り組みでした。この二つが共存しているという構造が、米国医療の矛盾と可能性を同時に示しているように思いました。
がん診療のチーム医療
火曜午前に血液腫瘍内科、水曜午前に放射線腫瘍科を見学し、米国のがん医療における多職種チームの日常的な協働体制を学びました。
血液腫瘍内科では、看護師の方が患者さんへの説明や書類作業、医師への取り次ぎを一手に引き受けていました。そのおかげで医師は診察に集中でき、一人の患者さんに十分な時間をかけることができています。一方で、保険会社が治療の請求を断ることが多く、その交渉が医師の負担になっているというお話も伺いました。
放射線腫瘍科では、放射線腫瘍医、腫瘍内科医、泌尿器科医が同じオフィスに常駐し、毎朝カンファレンスで症例を検討されていました。患者さんの希望に応じてチーム内でシームレスに担当が決まる体制で、紹介状を書いて別の科の外来を予約するという手順が不要でした。日本にもキャンサーボードはありますが、各専門家は別の診療科に所属していて、週1回の会議で集まる形が多いように思います。同じオフィスで毎日顔を合わせて臓器単位で一つのチームとして働くという体制は、Jeffersonのようなアカデミックな施設ならではのものだと思いますが、患者さんを中心に据えた仕組みとして大変印象的でした。
1週間を終えて
Cancer Support Centerで見た患者支援の仕組み、救急外来で目の当たりにした構造的な問題、JeffHOPEでの学生主導の取り組み、がん診療のチーム体制。それぞれ別の体験でしたが、共通して感じたのは、米国の医療は良くも悪くも「仕組み」で動いているということでした。充実した支援体制もシステムとして設計されていますし、制度の隙間からこぼれ落ちる方が出るのもシステムの帰結だと感じました。
同時に、自分自身の課題にも直面しました。日米の医療を比較して何かを持ち帰るには、まず日本の医療システムそのものをもっと深く理解する必要があると感じています。加えて、臨床スキルの向上と英語力の向上も必要です。シミュレーションの授業で模擬患者に問診する機会があったのですが、鑑別疾患を考えながら次の質問を組み立てていくプロセスが、英語以前の問題として自分にはまだ身についていないと気づきました。英語で詰まる前に、問診の組み立て方そのものがボトルネックでした。現場の議論を十分に聞き取れない場面もあり、得られたはずの学びを逃した悔しさがありました。この3つは、帰国後の自分への宿題として持ち帰りたいと思います。
最後になりますが、このような貴重な研修の機会を与えてくださった野口医学研究所の皆様に、改めて心より御礼申し上げます。Thomas Jefferson University Japan CenterのYumiko Radi様、Vincent Gleizer様には研修の全日程を通じてサポートをいただきました。Cancer Support Centerを案内してくださったJuliet McAdam様、内科のDr. Lakshmi Ravindran、Dr. Jack Goodman、血液腫瘍内科のDr. Beatrice Razzo、放射線腫瘍科のDr. Jessie DiNome、Dr. Raleigh Anderson、小児科のDr. William McNett、シミュレーション教育のDr. Joseph Majdan、救急外来のDr. Alexander Kleinmannをはじめ、各科でご指導いただいたすべての先生方に感謝いたします。
JeffHOPEではAbigail Manning様をはじめ医学生の皆さんに温かく迎えていただきました。ランチをご一緒してくださったSidney Kimmel Medical Collegeの学生の皆さん、米国でのキャリアについてお話しいただいた佐藤隆美先生と菊池悠太先生、Wayne Bond Lau先生、そして1週間をともに過ごした同グループのメンバーにも感謝いたします。皆様のご厚意を胸に、帰国後の学習と臨床実習に活かしてまいります。
感覚過敏のある患者のための囲い型チェア(Cancer Support Center)