米国財団法人野口医学研究所

Thomas Jefferson University Clinical Clerkship を通じて学んだこと

東北⼤学医学部6年(参加当時は5年)鴇⽥康樹

2026年3月20日〜3月27日米国トーマス・ジェファーソン大学

野口医学研究所による鴇⽥さんの研修レポート

はじめに
このたび、野⼝医学研究所のご⽀援のもと、⽶国フィラデルフィアの Thomas Jefferson University における Clinical Clerkship Program に参加する貴重な機会をいただきました。私は⽇本の医学部で学ぶ医学⽣として、これまで主に⽇本の医療制度、医療⽂化、医学教育の中で臨床経験を積んできました。⼀⽅で、将来的には海外、特に⽶国で医師・研究者として働くことを考えており、⽶国の医療のあり⽅や医師の育成、チーム医療などのシステムが異なる環境を実際に⾃分の⽬で⾒て学ぶことは⾮常に重要であると考えていました。
本プログラムは、単に海外の病院を⾒学する機会にとどまらず、⾃分が今後どのような医師を⽬指すのか、また⽇本の医療をどのような視点から⾒直すべきかを考える⼤きな契機となりました。実際に参加すると、⽶国医療の特徴は単に「進んでいる」、「効率的である」といった⼀⾔では表せない複雑な世界であると感じました。医学教育のシステムや患者とのコミュニケーション、職種間の役割分担、社会的背景を踏まえた医療、医療制度が臨床現場へ与える影響など、⽇本と共通する部分もある⼀⽅、明確に異なる部分も数多くありました。
本レポートでは、各診療科および関連活動で経験した内容を振り返りながら、得られた学びや考察について述べます。

1.各診療科での経験
・内科 Internal Medicine
Internal Medicine では、朝の inpatient のグループカンファレンスおよび outpatient の⾒学に参加しました。カンファレンスは、Attending 1 名、Resident 3 名、現地の medical student 2 名程度で構成されており、1 グループで 10〜15 名ほどの⼊院患者を担当していました。Resident やmedical student が各患者について SOAP 形式でプレゼンテーションを⾏い、その後に診断や治療⽅針について議論する形式でした。
特に印象的であったのは、教育が⾮常にディスカッション中⼼であったことです。Attending はresident のみならず medical student に対しても、今後の plan や検査結果の解釈について積極的に質問しており、学⽣も診療チームの⼀員として能動的に考えることが当たり前として求められていました。⽇本でもこのような診療参加型教育は近年重視されてきていますが、⽶国ではより強く根付いていると感じました。このような考えさせる教育は、実際の臨床現場で必要な意思決定能⼒を養う上で⾮常に有効であると感じました。
また、患者層は循環器、消化器、呼吸器、腎・泌尿器系など幅広く、⽇本よりも generalist としての内科の役割が⼤きいように感じました。さらに、退院可能か、⼊院継続が必要かという議論が患者⼀⼈ひとりで頻繁に⾏われていたことも印象的であり、⽶国の⾼額な医療費や医療保険制度が診療判断に与える影響を感じました。
外来では、内科医が担当する救急患者を 1 名⾒学しました。治療⽅針の説明後に同意書の内容を丁寧に説明し、署名を得る場⾯を⾒学しました。訴訟リスクの観点からも、この過程を厳密に⾏う必要があるとの説明を受け、⽶国では患者の⾃⼰決定権と説明責任がより制度的に明確化されていると感じました。

・救急科 Emergency Medicine
Emergency Medicine では、救急外来に相当する outpatient と、救急科⼊院患者に対するinpatient round に参加しました。救急外来では、救急⾞搬送患者と walk-in の患者がいずれも多く、常に患者であふれている様⼦が印象的でした。限られた時間の中で患者の状態を素早く評価し、緊急性や重症度に基づいて優先順位をつける⽶国の救急診療の特徴を間近で学ぶことができました。
特に印象的であったのは、医師が常に最も重篤な疾患を⾒逃さないことを意識して診療していた点です。⽇本でも同様の考え⽅は重要ですが、⽶国ではそれがより体系的に教育されているように感じました。また、短時間で患者から病歴を聴取し、必要な検査や治療⽅針を分かりやすく説明し、信頼を得る説明⼒の重要性も強く実感しました。
印象に残った患者として、慢性腎臓病を⻑年有し、本来必要な維持治療を経済的理由で継続できず、症状増悪時に救急外来を受診し、そのまま⼊院・透析を繰り返している⽅がいました。⾼度な医療技術を有する国であっても、それが均等に届けられるわけではないという現実を痛感しました。
Inpatient round では、Attending physician 1 名と nurse practitioner 1 名のチームで多様な臓器疾患を幅広く診ており、こちらでも generalist としての役割の⼤きさを感じました。さらに、多⾔語環境への対応も印象的でした。中国語話者の患者に対して、同じく中国系医師が Mandarin とCantonese の違いにより professional interpreter を介して会話している場⾯があり、⽶国医療における⾔語的多様性への対応の難しさと重要性を実感しました。

・⼩児科 Pediatrics
Pediatrics では、attending pediatrician に同⾏し、routine visit と sick visit を含む primary care 外来を⾒学しました。午前中に 6〜7 名ほどの⼩児患者を診察しており、その多くは routine visit でした。⼤学病院であっても、⾵邪症状など⼀般的な訴えで受診する家族が多く、⽶国の⼩児科外来がprimary care の役割を強く担っているようです。
また、患者や保護者が⾮常に多国籍であり、英語を話せない家族も少なくありませんでした。特にスペイン語話者が多く、professional interpreter が⽇常的に介在していました。⽇本では⽇常診療でこれほど体系的に通訳が関与する場⾯は多くないため、この点は⾮常に⼤きな違いであると感じました。⽶国の⼩児科医には、単純な医学知識だけでなく、多⽂化・多⾔語環境の中で診療を成⽴させる能⼒も求められていると理解しました。
さらに、⼩児科で最も印象的であったのは、医療が社会問題と密接に結びついていることです。担当医の先⽣からは、⽶国では anti-vax(反ワクチン主義)、貧困、移⺠問題、医療保険の⽋如、銃暴⼒などが⼦どもたちの健康に⼤きな影響を与えており、⼤きな問題となっていると伺いました。医学的に正しい説明をしても保護者が強く反発する場合があること、予防可能な感染症(例えば⿇疹など)が実際に流⾏し問題となっていることを知り、⽇本の⼩児科との状況や課題の違いを強く感じました。こうした背景から、⽶国の⼩児科では特に compassionate communication が極めて重要であると感じました。

・Simulation Class
Simulation class では、Dr. Joseph Majdan による⼼⾳聴診の講義と mock patient interview の計2回の講義に参加しました。
⼼⾳聴診の講義では、単に⼼雑⾳と疾患の組み合わせを暗記するのみならず、患者背景や症状から疾患を想定しながら聴く重要性を学びました。
模擬患者⾯接では、医学的情報を収集するだけでなく、患者の感情や背景に配慮しながら会話を進める重要性を学びました。得られた情報に応じて質問内容を変え、鑑別を絞りつつ、同時に共感的な対応も⾏わなければならず、医療⾯接が情報収集、臨床推論、感情への配慮、関係構築を同時に⾏う⾼度な multi-tasking が求められることを改めて実感しました。これは⽇本語の医療⾯接にも共通しますが、英語で実践する難しさを強く感じ、⾃⾝の語学⼒と表現⼒をさらに磨く必要があると痛感しました。また、こうしたコミュニケーション能⼒が、単なるセンスではなく、明確に訓練すべき臨床技能として体系的に教育されている点も⾮常に印象的でした。

・脳神経外科 Neurosurgery
Jefferson Hospital for Neuroscience で 1 ⽇ Neurosurgery を⾒学する機会をいただきました。現地のレジデントの先⽣に同⾏し、transforaminal lumbar interbody fusion(TLIF)と metastatic brain tumor resection の 2 件の⼿術を⾒学しました。
集合は朝 5 時 30 分で、6 時頃にはレジデントが回診を終えて attending に報告し、その後すぐに⼿術準備に⼊っていました。1 件⽬の⼿術終了後も休む間もなく次の症例へ向かい、⼿術後もなお病棟業務が続くとのことで、⽶国脳神経外科レジデントの workload の厳しさを強く実感しました。⼿術は⾮常にスピーディーで、junior resident、senior resident が開創・閉創を担い、重要な局⾯でattending が加わる形式でした。教育のために流れを⽌めるのではなく、実際の⼿術の中で役割を与えながら学ばせる姿勢が印象的でした。
また、⽇本との違いとして、⽶国では脊椎⼿術が脳神経外科の⼤きな割合を占めており、Jefferson では約 70%が脊椎⼿術であると伺いました。⽇本では脊椎疾患の多くを整形外科が担うため、⽶国の脳神経外科はより high-volume になりやすい構造を持っていると理解できました。⼀⽅で、脳⾎管内治療は放射線科医や神経内科医も担うことが多く、⽇本とは担当領域の分布が異なる点も興味深かったです。
さらに、⼿術室では surgeon、surgical assistant、nurse、radiation technologist などの役割分担が⽇本以上に明確であり、それぞれの専⾨性が⾼い⼀⽅で、特定の職種がいなければ進まないという縦割りシステムの⽋点を垣間⾒る瞬間もありました。また、⽇本より joke や雑談が多く、笑いの絶えない和やかな雰囲気であったことも印象的でした。
教育システムに関しては、⽶国では症例数と実践経験そのものに強く重きが置かれていると感じました。⽇本のように術前後カンファレンスや⼿術記録を通して⼀例⼀例を丁寧に振り返る⽂化とは異なり、⽶国では圧倒的な症例数の中で鍛えられていく印象でした。

2.JeffHOPE
JeffHOPE という医学⽣主体のボランティア診療活動に参加しました。私は男性を対象とする menʼs shelter である Our Brothers Place での診療に参加しました。活動は学⽣の実習や講義が終了した後の⼣⽅から夜にかけて⾏われ、医学⽣、看護学⽣、薬学⽣などがチーム単位で患者対応を⾏っていました。監督する doctor は 1 名で、それ以外はほぼ学⽣主体で運営されていた点が⾮常に印象的でした。
医学⽣は、聴診、⾎圧測定、⾎糖測定などの基本的な⾝体診察を⾏い、その結果に応じて OTC (Over-the-counter) の範囲で薬剤を提供していました。⼀⽅で、中には早期の医療介⼊を必要とする患者もおり、そうした場合には本格的な受診を強く勧める必要がありました。限られた医療資源
の中で診療することの難しさと責任の重さを強く感じました。
患者の多くは経済的理由から継続的な医療を受けられない⽅々でしたが、中には病院は信⽤できないが医療は受けたいという複雑な背景を持つ患者もいました。医療とは病院内だけで完結するものではなく、社会的背景と深く結びついたものであることを強く認識しました。

3.その他の経験
Mütter Museum at The College of Physicians of Philadelphia では、多数の頭蓋⾻、アインシュタインの脳の切⽚、Soap Lady、結合双⽣児のモデルなど、⾮常に印象的な医学標本を⾒学しました。医学教育や医学史の観点から⾮常に興味深く、⽇本とは異なる展⽰⽂化にも触れることができました。
また、現地の medical student、PhD student、⽇本⼈医師の先⽣⽅との交流も⼤きな学びとなりました。現地の医学⽣が志望分野の residency を⽬指して早期から基礎研究に取り組んでいることから、⽶国の競争環境の厳しさを実感しました。さらに、⽶国で活躍されている⽇本⼈外科医の先⽣⽅からは、⽶国で医師として働くことのメリット・デメリット、⽇本との違い、必要な準備や覚悟と⼈⽣観、visa status の問題などについて⾮常に現実的なお話を伺うことができ、今後の⼤きなモチベーションとなりました。

4.総合的考察
今回の Clinical Clerkship を通じて最も強く感じたのは、⽶国医療の特徴は個々の診療技術だけでなく、制度・社会・教育が⼀体となって形成されているという点です。Internal Medicine やEmergency Medicine では主体性を重視した教育、Pediatrics では社会問題と直結した診療、Simulation class では体系化されたコミュニケーション教育、Neurosurgery では圧倒的な症例数に⽀えられた実践重視の training、JeffHOPE では医療制度の隙間にいる⼈々への⽀援が⾒られました。
⼀⽅で、⽇本の医療にも、国⺠皆保険によるアクセスの良さや、丁寧な振り返りの⽂化など、⼤きな強みがあることを改めて認識しました。単純にどちらが優れていると考えるのではなく、それぞれの制度や⽂化の違いを理解し、そこから何を学び、⾃分の将来にどう⽣かすかが重要であると感じました。
また、今回の経験を通じて、医師として必要な資質は知識や技術だけではなく、患者に分かりやすく伝える⼒、多様な背景を理解する⼒、社会的弱者に⽬を向ける姿勢、厳しい環境の中でも学び続ける覚悟であることを再確認しました。

おわりに
各診療科での⾒学、Simulation、JeffHOPE、現地学⽣や医師の⽅々との交流を通じて、医療という営みをこれまでよりも広く、深く捉え直すことができました。⽇本で医学を学ぶ学⽣として、⾃分たちが⽇頃当然のように享受している制度や⽂化を捉え直し、その上で⽶国医療の⻑所と課題の両⽅を⾒ることができたことは、今後の臨床実習やキャリア形成において⾮常に⼤きな意味を持つと感じています。
今後は、本プログラムで得た学びを単なる 1 週間の経験に完結させることなく、⽇本での臨床実習、将来の研修、さらには研究活動や国際的な挑戦へとつなげていきたいと考えています。

謝辞
本プログラムに参加するにあたり、多くの先⽣⽅、スタッフの皆様、学⽣の皆様に多⼤なるご⽀援とご厚意を賜りました。まず、本研修の機会をご提供くださり、出発前から多岐にわたるご準備とご配慮をいただいた野⼝医学研究所の皆様に、⼼より御礼申し上げます。浅野嘉久先⽣、佐藤隆美先⽣、佐野潔先⽣、本多愛美様には、格別のご⾼配を賜り、厚く御礼申し上げます。
また、Thomas Jefferson University 側で本プログラムを受け⼊れ、現地での学びの機会を準備して下さった TJU Japan Center の皆様、Dr. Wayne Bond Lau、ラディ由美⼦様、Mr. Vincent Gleizer に深く感謝申し上げます。さらに、Dr. Joseph Majdan、Dr. Hayato Unno、Mr. Kevin Kim、Dr. Anish Sathe をはじめ、各診療科でご指導くださった attending、resident、medical student の皆様にも深く御礼申し上げます。
加えて、JeffHOPE でともに活動した学⽣の皆様、現地で交流してくださった 医学⽣・PhD 学⽣の⽅々、⽇本⼈医師の先⽣⽅にも⼼より感謝申し上げます。そして最後に、現地でともに学び、時間を共有した同期の学⽣にも感謝申し上げます。今回得られた経験は、⼀⽣の思い出であると同時に、今後医師として歩んでいく上での⼤きなモチベーションとなりました。誠にありがとうございました。

図書館の前で同期のみんなと 図書館の前で同期のみんなと
Japan center ラディ由美⼦さん、Vincentさんと Japan center ラディ由美⼦さん、Vincentさんと
脳神経外科レジデント Dr. Anish Sathe と 脳神経外科レジデント Dr. Anish Sathe と
フィラデルフィアの桜 フィラデルフィアの桜